そういえば私、なんで愛藍と一緒にいるんだろう。
濡れてもいいから、楽器屋さんが閉まる前に新しい楽譜買わないと。

「私、帰る」

私は立ち上がり、逃げるように愛藍の前を通って帰ろうとする。

だけど、またしても愛藍に腕を掴まれた。
強く後が残りそうなほど強い力だ。

まるで『二度と離すか』と言うようにがっちり私の腕を離さない愛藍。

ホント、なんなのさ・・・・・。

「逃げんじゃねぇよ。『逃げたらまたあの日のようにボコる』って、俺言ったよな?」

楽器屋で聞いた今日二回目のその言葉に、私は何も言い返せなかった。

同時に彼の手から伝わってくる振動が気になった。
それは昼ごはんを食べた店で見せた彼の手の震え。

そしてその震えを感じてようやくわかった。

私も愛藍のことが恐いけど、『愛藍も私のことが恐いんだ』って。
確信はないけど、何となくそう思った。

私が過去の事で悩むように、愛藍も自分の過去に悩んでいる。
ふと、そんなことを考えてしまった。

愛藍は続ける。

「あとこの前みたいに怒鳴ったらぶん殴る。俺は親友をどん底に叩き付けた最低な人間だから、お前が女でも俺は本気で殴るからな。ってか『人の話はちゃんと聞きましょう』って同じ教室で習っただろうが」

私は再び古びたベンチに腰掛けた。
話す気は正直ない。

だけど彼の辛そうな表情を放っておくのも何か違う気がする。

きっと今の私と同じ表情を浮かべているから、愛藍の存在を無視することが出来ないのだろう。
ここで無視したら私、一生後悔する気もするし。

・・・・・・・・。

やっぱり馬鹿だな私。
そんなことより早く帰らないと。

お兄ちゃんに怒られるのに。
なんでこんなことをしているんだろう。