「草太、いじめられているんです」

私の言葉に、お母さんは大きな声で笑いだした。
まるで、『そんなことはあり得ない』と言わんばかりの笑みを見せた。

「あははっ！もうダメ。よこの子に限ってあり得ない」

なんでそんな簡単に言い切れるのだろうか。
なんでいじめられている我が子の前で、そんなことを言えるのだろうか。

草太の人生がめちゃくちゃになっちゃうよ。

「どうして、どうして子供の言葉を信じてあげられないんですか！だったら、草太は誰を信じれば良いんですか！親に信じてもらえなかったら、草太は誰を信じれば良いんですか！」

無意識だった。
なんで私が叫んでいるのかもわからない。

「おい、茜！」

その愛藍の声すら私には聞こえなかった。

だから私は続ける。

「辛いのは草太です。草太なんです。お母さんが辛さから逃げてたら、意味ないですよ」

いつの間にか私は涙を流していた。
そんな偉そうなことを言える立場じゃないのに。他

所の家庭に口出しする私って、何様なんだろう。

だけど草太の気持ちをお母さんにも分かってほしかった。
いじめられて、家に帰っても誰もいない寂しさ。

家族に慰めてもらえない寂しさ。

新卒のサラリーマンとして毎日夜中に帰ってくる私の兄。
そして当たり前のように家にいない私の父。

そんな二人はいつも家にいなかったから、私は凄く辛かった。
家に帰った時が、本当は一番辛いのに。

誰かの胸に飛び込みたいっていうのに。

それを無視するなんて、酷すぎるよ。

お母さんだったら子供の気持ちくらい理解してよ！

そんな泣き崩れる私の腕を掴んだ愛藍は歩き出す。

「えっと、すいません。俺ら、ちょっと用事あるんで！これで失礼します」

そう言った愛藍と、家から飛び出してきた草太は目が合う。
そして愛藍は再び笑みを見せた。

「草太！また遊ぶから俺らの顔、忘れるんじゃねぇぞ！」


愛藍は草太に大きく手を振った。
私達が角を曲がるまで、愛藍は何度も手を振っていた。

まだ雨が降っているっていうのに、傘を刺すことすら忘れて。

私も草太に『バイバイ』って言いたいけど、涙が邪魔をして前を見ることすら出来なかった。
まるで今の雨のように私の目から涙が止まらなかった。