ルビコン

それから誰もが無言だった。
聞こえるのは、大きな中華鍋とお玉がぶつかる音。

それと部屋の隅に置かれたテレビの声が聞こえる。
愉快なお昼のバラエティ番組が放送されている。

でもその番組、私が家で苛立ちを覚えた番組と同じだった。
『まだやっていたのか』と思うとまた少し苛立ちを覚えた。

同時に『兄に苛立って家を飛び出したんだった』と、私は思い出す。

「はいよ、お待たせ」

そんな中おじいさんの言葉に共に、にカレーかと思って現れたのは天津飯だった。
まるで金色に輝いているような卵とあんかけ。

白い湯気立っていて、見るだけで舌を火傷しそうだ。
猫舌の私には少し辛そう。

でもすごく美味しそうだ。

「サンキューじいさん!」

私の隣に座る愛藍は待ちきれない表情を浮かべながら、天津飯を白いレンゲですくう。
私と同じ天津飯なんだけど、何倍もある天津飯に彼は食らい付く。

それにしても愛藍の天津飯は凄い量だ。
ご飯三合分くらいはあるのじゃないかな?
愛藍が大食いというのは幼い頃から知っている。
給食のご飯を他の人の三倍は食べた男だ。

それも他人と一緒は嫌だという理由なのだろうか。

一方の私は自分の天津飯を見て躊躇っていた。

と言うか『カレー屋』って書いてあって天津飯?
意味わかんない。

あと天津飯なんて食べたことがないかも。
そんな私を見た愛藍はまた優しく笑った。

私の心を読んでくる。

「まさかカレーが出てくると思っていたのか?まあでも、カレーも言ったら出てくるよな?じいさん」

愛藍がそう言ったう言った直後、おじいさんは怒りを露にする。

「バカ言え!メニューにないものを頼むのはお前だけだ!この野郎。出禁にするぞ 」

「あれ、そうだっけ?いや、でもなんだっけ?ほら、母さんと来たときカレー作ってくれじゃねぇかよ!」

おじいさんの怒りは止まらない。

「あれは馬鹿藤子が『カレーが食べたい』と俺に連絡してきたからじゃ!ったく、俺をどっかのお母さんと勘違いしやがって!もう親子揃って出禁決定じゃ!」

「あっ、ちょ、そりゃねぇーよ!」

そのメチャクチャなやり取りに、愛藍は笑っていた。
なんだか、こういう愛藍を見るの久しぶりだ。

それと今の愛藍、『私の知っている笑い方と違う笑顔を見せるようになったんだな』って私は思った。
前は何て言うか、人を見下すような笑い方だった気がする。

でも今の愛藍は『優しい表情の男の子』がただ笑うだけ。
そんな優しい笑みを見せる愛藍に、私は思わず彼から目を逸らしてしまった。
見たことのない愛藍は、なんだか怖い。

一緒になって笑えない。

・・・・・・。