私が振り返った先。
そこには大きな体格の、小麦粉色の肌の少年が笑っていた。

昔と変わらない表情を私に見せている。
彼の名前は柴田アラン。
若くしてピアノの世界に足を踏み入れた、『天才不良ピアニスト』と世間では呼ばれている天才ピアノ少年。

それ以外は、思い出したくない・・・・・。

と言うか、なんでアンタがいるの?
どうして私の前に現れるの?

「おい茜、どこ行くんだよ」

「気分悪くなったから帰る」

私は逃げるように店の外へ向かう。

が、彼に腕を掴まれた。

「そんなこと言うなって。おっそうだ!飯食おうぜ!暇なんだろ?」

振り払おうとするも相手は男。
私の力じゃ敵うはずがない。

だけど私は諦めずに、その手を払おうとする。
必死に逃げようとする。

「ちょっと!離して!」

このまま店内で叫んでやろうか。
そうすれば店員が駆けつけてくれて、私は逃げれる。

迷っていても仕方ない。
行動に移そうかと、大きく息を吸い込んだ時だった。

私の耳元で囁く彼の声に、私は絶望した。

「おいこら。逃げたらあの時みたいにボコボコにするぞコラァ」

その人を見下すような恐い彼の表情を、私は知っている。
心に刻まれている。

それは『ピアニスト柴田アラン』ではなく、『私の親友の柴田愛藍(シバタ アラン)』の姿だった。
周囲を困らせることしか脳がなかった、私の親友の姿。

その愛藍の言葉を聞いた私の力は抜けて、抵抗するということを忘れていた。
まるで電池の切れた時計のように、私の動きは止まった。

一方の愛藍は私に笑顔を見せる。

「よーし行こうぜ。腹減ってんだ、俺。お前もどうせ食ってないんだろ?」

そう言って愛藍は再び笑顔に戻った。
まるで七年前まで一緒に遊んでいた時と同じ笑顔。

本当に、わからない奴だ。

ホント最悪。
そんなことを心の中で呟きながら、私は愛藍に腕を引っ張られるように店を出た。

本当に、今日という日は最悪だよ・・・・。