その名前は私もよく知っている。
私が生まれる前に活動をしていたピアニストらしいが、私同様に極度の人見知りらしい。

だからなのかは分からないけど、コンサートやコンクールには一切出演しなかったと春茶先生から聞いたことがある。

宮崎紅いわく、『ピアノはあくまで自分の中の趣味。人に見せようなんて思って弾いてなんかいない』って言っていたらしい。

それを春茶先生から聞いたときは、『なんだか私と似ていているな』って心の中ではそんなことを思ってしまった。
私もコンクールやコンサートは好きじゃないし、ピアノは自分のためだけに弾いているし。

そんな宮崎紅の実力は凄いらしく、世界でも指折りのピアニストだったみたい。

『絶対音感』と言う特殊な能力の持ち主で、一度聞いた音楽は絶対に忘れないとか。
それと『世界一上手なピアニスト』呼ばれるくらい世界でも有名だった。

世界でも有名なコンクールで優勝したピアニストからそう言われていたとか。

でもある日、彼女は姿を消した。
『失踪届け』も出されて警察が出動するほどの騒動になったが、常に一人で行動していた彼女に身寄りの人はいないらしい。

だから目撃情報も全く掴めないまま、二十年以上の月日が経った。
今となっても彼女の居場所は誰にもわからない。

同時に法律によって、宮崎紅の存在は『死亡』したことになった。
確か『七年の間生死が不明の人間は死ぬ』って聞いたことがあるし。

詳しいことは私は知らないけど、それが適応されたのだろう。

でも宮崎紅こそ、私の大好きな作曲家『K・K』の正体ではないかと勝手に思っている私。
実は日本から離れて、イタリアで暮らしていたりして。

でもそんな根拠はどこにもない。
勝手な私の妄想。

何気なく私はその宮崎紅のアルバムを手に取る。
曲は全て二十年前のものだ。

というか『そんな時代にアルバムなんてあるのか?』と疑問に思ったが、当時の曲をまとめた最近作られたアルバムのようだ。

ジャケットは真っ白な背景で、中央に真っ黒なグランドピアノの絵と黄色の蝶が描かれている。
どこを見ても宮崎紅の写真はない。

ネットで調べたら、この人の姿は出てくるのだろうか。
顔も一度見てみたい。

気になるから買ってみようかな。
そう思った私はそのアルバムを片手にレジに向かおうとする。

「よう、勉強熱心だな」

でもその男の人の声に私は私は恐怖を覚えたから、レジに向かおうとする私の足が止まる。
何故だかこの前の音楽祭の出来事を思い出す。

身近で知っている男の人の声と言ったら、兄や橙磨さんや栗原先生が思い当たる。
でも彼らじゃない。

だからその声の持ち主を確認する意味で、私はその声に振り返ろうとするが、手に取っていたアルバムを彼に奪われてしまう。

そして彼は鼻で笑う。

「へぇー、宮崎紅ねぇ」

「返して!」

「まあいいじゃん。俺達『親友』だろ?」

親友?

・・・・・・。

まあ、確かにそうだね・・・・。