ルビコン

「もうすぐ花火の時間だから見てきたら?この近くにいい場所あるし」

自分の右手首に付けた腕時計の時刻を確認する城崎さん。

確か花火は八時からだ。
『もうそんな時間なのか』と思いながら、樹々と目が合う。

「みんなで行こうよ、花火!茜もその浴衣姿を見せびらかすチャンスだし」

「誰に?」

「そりゃ茜の隠れファンだよ。花火の下で好きな女の子と浴衣姿って、なんか興奮しない?」

樹々の話を真面目に聞いた私がバカだと思った瞬間だった。

「意味わかんない」

「でも茜ももう十七でしょ?男の一人くらいは作らないと」

私自身、『男に興味ない』と言い切ればいいのだけど、相手は性格の悪い樹々。
そんな事を言っても納得してくれないのは分かっている。

だからここは逆手に取ってやる。
「そういう樹々は男いるの?」

樹々は笑った。
いつもの子供のような無邪気な笑顔を私に見せて答える。

「教えない」

「えっ、なんで?」

「だって茜も答えてないし。それズルくない?」

そう言われたら返す言葉がない。
でも逃げることが出来たからよしとしよう。

「別にいいもん。樹々の男なんて興味ないし」

本当は興味がないわけじゃない。
ただ友達として気になるだけ。

・・・・・じゃダメかな?

樹々と私は休みの日は殆ど私と過ごす仲だ。
樹々が男の人と話している所なんて見たことないし、樹々に男がいるとは思えない。

明るい性格の樹々は『クラスでも人気者なのか?』と思われそうだが実際は違う。
まるで借りてきた猫のように大人しく、あまり他の生徒と話している所を見たことない。

私と紗季の前では笑顔を振る舞っている樹々だけど、他の人にはあまりいい表情を見せない。

どちらかと言うといつも暗い表情の樹々。
まるで『松川樹々の嘘の仮面』が剥がれたような、彼女の素の表情みたい。

いつか私も樹々の過去を知る日は来るのかな?

でも出来れば聞きたくないのが本音だし、やっぱり松川樹々は明るい女の子でいてほしい。
それ以外の松川樹々は信じたくないし。

だって辛いときの私を救い出してくれたヒーローみたいな存在だし。
私のヒーローの悲しい姿なんて見たくないし。

樹々は視線を私から橙磨さんに移す。

「川島さんは行かないのですか?」

「店番。なんのためにここに僕がいるのさ」

愚問だったみたいだ。
樹々は聞いて悪かったと平謝り。

そして私達は『橙磨さんが来ない』という残念な気持ちを押し殺して、城崎さんが言う穴場スポットへ向かった。