生まれ育った街は、いつも何か焦げた匂いと鉄の味がした。
学校と名のつくものは不良の吹き溜まり。
教師は生徒に怯えている。
殺人以下の悪いことは中学までに終えて、警察はもう殆ど機能しない。
親がいたのはいつのことだろう。
大人は怪物に成り代わる子供を前に逃げる。
怪物になる前の子供たちはマウントを取り合い、徒党を組み、誰かを蔑む。路地裏にはゴミと一緒に喧嘩で負けた体が横たわる。
やらなきゃ、やられる。
やられたら、やり返す。
報復は生きる糧だ。朝を待つのは、復讐するため。
孤独は生まれたときから共にいる。
なんて、全部嘘だ。
バスを降りる。ここは市の端で、隣の街に近い。だからだろう、星が見えない。
いつものことなのに、空を見上げる。どこに繋がっているかも分からない空。
コンビニに屯する中学生たちにガンを飛ばされ、ガンを飛ばし、横を通り抜ける。
寂れた商店街の外れにある古書店に裏口から入る。祖母と店番を替わった。
「夕飯、カレーで良いか」
「うん」
「衣鶴はまだ帰ってこんのか」
「知らね」
祖母がため息を吐く。そんなことを言われても、本当に知らないものは知らないのだ。
衣鶴は私の幼馴染であり、片割れだ。
いや、片割れだった。
半年前までは。
半分シャッターの閉まった店内に客が入ってくる気配。聞き慣れた足音に顔を上げる。
昔から、妙に耳だけが良かった。
「水薙、ただいま」
現れた姿に、二度瞬き。
居間の方へ上がった祖母の方へ向いた。
「ばーちゃん、帰ってきた」
昼休み、クラスメートの宇賀と過ごしていた。
興味深そうにこちらを見る。
「衣鶴くん、帰ってきたんだね。今朝、職員室で見た」
「昨日うちで夕飯食ってた」
「仲良いなあ」
あたしは惣菜パンを頬張った。
宇賀の言葉はそれ以上それ以下の意味を持たない。
夕飯のカレーライスを狙って帰ったんじゃないか、という程の食べっぷりを思い出す。
「今日は一緒じゃないの?」
尋ねられる。
「今までも一緒ではなかったけど」
あたしは首を傾げる。少し大きめに。
顔の横をバレーボールが通り過ぎていった。
「ごっめん! ぶつかってない!?」
慌てふためく男子が青い顔をして届かないボールに手を伸ばしている。
目をパチクリさせて驚く宇賀を横目に、壁にぶつかって止まったボールを拾って返した。
「大丈夫」
「おう……」
少しもぶつかってはいない。
バイクの最高速度に比べたら、こんなのは可愛いものだ。
「水薙」
上から言葉が降ってくる。勿論上を向く。
噂をすれば影。衣鶴が二階の窓から顔を出していた。
「もう昼、食べ終えた?」
「いまさっき」
「まじか。レポートまだ書き終わらねえんだけど」
「あっそ」
隣で宇賀がクスクス笑う。「この距離でする会話?」と肩を震わせている。
あたしに言われても困るんだけど。
上を見ると、衣鶴の姿はもうない。
「留学行くとめっちゃレポート書かないといけないらしいね」
弁当箱をしまいながら、宇賀が言った。
知らねえっつの。
「勝手に留学行ってレポート書いてんなら良いだろ」
「……なんか水薙さあ」
言葉が切れた理由がすぐに分かった。衣鶴がおりてきたからだ。
上履きのまま中庭のタイルの上を歩く。
「私、委員会行ってくる」
宇賀は立ち上がり、衣鶴と入れ替えに校舎へ入って行った。
衣鶴は購買で入手したらしいおにぎりを数個持っている。
いつかパンを食べていたとき、腹持ちが悪いことを嘆いていたのを思い出した。
「米がうまい」
おにぎりを頬張りながら言っている。なんだそのアメリカかぶれな意見は。