深夜。さりとて眠らない街、東京。
此処には様々な人々が行き交っている。帰宅途中のサラリーマン、客引きらしき男、遊び歩いている業界人、お忍びで逢い引きするカップル。
「おいコラ! お前のせいでまた逃げられてんじゃねえか!」
「いやそもそも、初手の一発目を空振りするお前が悪い。何故いつも外すんだ? ノーコンか?」
そしてうるさく言い争う二人の男──日向と雫──は、各々の武器を掲げながら、今日も今日とて大通りを爆走していた。
彼らの視線の先には、こちらを怯えたような表情で振り返りながら逃げているスーツ姿の男がいる。しかしよく見ると彼の体は半透明で、おまけにモノクロ映画のように色がなかった。説明するまでもなく、ジバクである。
それが見えていない周囲の人々は、手にグローブをはめていたり、金属バットを持っている若者二人が全力疾走しているようにしか見えないのか、訝しげな視線を送っていた。
しかし、そこは流石の大都会。変人奇人はいくらでもいるのだろう、誰も騒ぎ立てる者はおらず、人の波も止まる気配はない。
「大体、お前がちゃんと出入口塞いどけばこんな面倒なことにはなってねえんだよ」
「文句を言う暇があるなら少しは野球の練習でもしたらどうだ?」
「何だと、やんのか」
「上等だな」
相変わらずのテンポの良さで軽口の応酬をしながら、二人はジバクを追って小道に入り、路地裏へと歩を進め、薄暗いビルの隙間へと潜り込んだ。
そこには、逃げ場所を失ったジバクが、行き止まりを背に震えている。しかし追い詰められたことを悟ったのか、突然呻き声のようなものを上げ、地面を揺らしてこちらへの敵意を剥き出しにしてくる。
ジバクの怨念が、ぴりぴりと肌を突き刺すほどに感じられる。
「……よし。おふざけはここまでにして、真面目にやるぞ」
「分かってるよ」
そう返答した日向は、こちらへ向かってくるジバクの方を見てにやりと口角を吊り上げた。雫もグローブのつけた両拳を掲げて体勢を低くする。そして二人は、咆哮を上げて襲いかかってくるジバクの方へ、同時に駆け出していった。
彼らが現れるのは丑三つ時。
今宵もネオン街のどこかで、有象無象が蠢き、黄泉の国への扉が開かれる。
【完】