病室で武瑠の名前を叫び続けて、その先の事は覚えていない。
何が『現実』で何が『嘘』だったのか、今の私には全く区別がつかない・・・・。

私が気が付いた頃には病院のロビー椅子に腰掛けていた。
魂が抜けてしまったように、頭を抱える。

今頃お父さんとおばあちゃんは、武瑠が亡くなった手続きとか行っているらしい。
武瑠のお葬式とか、病院での手続きとか色々あるらしい。

一方の誠也さんは、ずっと私の側に居てくれた。
大好きな弟の死に対して、酷く心を痛める私の側で優しく励ましてくれる。

例えばこんな風に。

「空ちゃん、今日は楽しかった?」

『そう言えば今日は誠也さんとあちこちで遊んでいたのだった』と、思わず呟きそうな程、私の中で楽しかった記憶がごっそり落ちてしまった。

だから色褪せたジグゾーパズルのように、一つ一つ思い出しながら私は誠也さんの言葉に答える。

「はい。色々と」

「何が一番楽しかった?」

私は少し間を置いてから答える。

「遊園地です。パレードとか色々楽しかったです。サメを退治するアトラクションも」

「そう。だったらよかった。朝の水族館も楽しかった?」

「はい・・・・。見たことない魚がいっぱいいて・・・・、楽しかったです・・・・」

『ペンギンショーも楽しかった』って言いたかったけど、やっぱり上手く言葉が出てこない。
生まれて初めての不思議な感情によって、私の思考は邪魔をされる。

そんな私に、誠也さんはまた笑顔で問い掛ける。

「武瑠くんと最後に話したのは?昨日?」

小さく私は頷いた。

「そっか。どんな話をしたの?」

「私が学校でいじめられているから、武瑠が守ってくれるって・・」

「そうなんだ。優しいんだね、武瑠くんは」

同時にふと昨日の武瑠の笑顔を思い出したから、自然と私の目から涙が溢れ落ちる。

武瑠、私と約束したのに・・・・。

まだ全然現状が理解出来ないけど、『武瑠ともう会えない』って思ったら涙が止まらない。
辛くてまた泣いてしまう。

そんな私に誠也さんは両手を広げて私を受け入れてくれる。
優しく私を包もうとしてくれる。

「空ちゃん、おいで」

私もその言葉に答えるように、誠也さんの胸に飛び付いた。
誠也さんの暖かさにホッとして、大きな声で泣いてしまう。

そして泣いて、私は武瑠が死んだことをようやく理解した。
『武瑠とはもう会えないんだ』って、理解した・・・・。

『あんなに笑えて楽しかった今日の一日なのに、本当に最悪の一日になってしまった』って思いながら・・・・。

そんな私を励まそうと、誠也さんは私の頭を撫でてくれた。
誠也さんらしく、優しい言葉で励ましてくれる。