それはすごく暑い夏の夜の出来事。
正直言って、私は今でも鮮明に覚えている。

誠也さんが語っていた『腕時計の件』で、お父さんに怒られた私は大きな川のすぐ近くで一人泣いていた。

生まれて初めてお父さんに怒られ、『怖かった』のと『悲しかった』のが泣いていた理由。

そんな私の元に、誠也さんはやって来る。

私に優しい言葉を掛けてくれる。

「空ちゃんは『お父さんの事が大好き』なんだよね。お父さんを喜ばせようと、空ちゃんなりに頑張っただけなんだよね?だから怒られて、『悲しかった』だけなんだよね?実はそれ、俺も一緒なんだ」


「・・・・・え?」

俺も一緒という言葉に驚く私。

一方の誠也さんは『俺も一緒』という言葉について、詳しく話してくれる。

私の知らない、誠也さんとお父さんの関係について話してくれる。

「俺も小さい時から魚を捌いて、料理も母さんから教わっていた。だから俺ならすぐに『一人前の寿司職人になれる』と思っていた。すぐに『自分のお店を持てる』と夢を描いていた。でも現実は甘くない。将大さんに、『お前は寿司も料理のセンスもないな』って言われたんだ。その時の俺、本当に悲しかったよ。自分の出せる力を使って、全力を出して『将大さんに認めてもらおう』と、『喜ばせよう』と思って自分の料理を将大さんに食べてもらったのに。そこからもう『職場に顔を出したくない』と思ったし。将大さんと顔を合わせるのが嫌になってしまったし・・・・」

誠也さんは辛い感情をぐっと堪えると続ける。

「・・・・・でも俺は諦めたくなかった。だって、今ここで『寿司職人』という夢諦めたら、俺が輝ける場所が無くなってしまうし。それに母さんに高い金を出してもらって、調理の専門学校にも行かせてもらったんだ。妹も『実家のイタリアンのお店を継ぎたい』って言っていたし。だから『俺がここで諦めるのは違うかな』って。元々俺、調理が大好きだし」

・・・・・・・・。

「難しいよね、『自分の気持ちを相手に伝えるの』って。精一杯頑張って想いを伝えても、相手に響かなかったら意味ないし。捉え方によっては、相手に怒られるかもしれないし。むしろ『相手に自分の気持ちが伝わらないのが普通』っていうか。人生、うまく行かないし」

そう言った誠也さんは私を見て優しく微笑んだ。
潤んだ瞳を誤魔化すように、笑って強がる誠也さん。

「という、俺の世の中の愚痴でした。『人生投げ出したほうが楽なんじゃないかな?』ってね。最近そんなことばかり考えていた。そして空ちゃんには、そんな今の俺のような気持ちで人生を歩んでほしくないのが俺の本音。だから」

誠也さんは徐に私に右手を差し出した。
同時に、いつもの優しい笑みを見せて私に問い掛ける。

本当にこの人は私の味方だと思わされる。