「でもそれがきっかけで、千尋は嫌な思いをした。負け惜しみかなんだか知らないけど、その先輩に酷い仕打ちをされたんだ。千尋、毎日いじめらるようになった。千尋はただ、『自分の力を出し切って勝った』だけなのに。自分の方が千尋より力が弱かっただけなのに」

・・・・・・。

なにそれ・・・・。

「えっと、それって『実力で千尋さんに負けた』だけなのに、『負けた先輩は負け惜しみで千尋さんをいじめた』って事ですか?」

私の言葉に千尋さんは頷いた。
少しだけ、『なんで千尋はあの時頑張ってしまったんだろう』と言っているかのような、辛そうな表情を浮かべながら・・・・。

「うん。だから、『毎日が辛かった』のは千尋も同じなんだ。空ほどじゃないけど生きるのが辛かった。『部活なんてやらなきゃよかった』って思うよ。だって、『全国大会優勝』を目標に頑張ってきたのに、その目標を達成したらいじめられたんだよ?意味わかんないでしょ?」

千尋さんは続ける。
自身の当時の気持ちを、私に教えてくれる。

「だから千尋、もう『頑張ること』はやめにしたの。何より『頑張っても意味ない』って痛いほど分からせられたし。『しんどい思い』をするだけだし」

頑張っても意味がない。
その言葉を聞いて、不思議と私の胸が苦しくなった。

理由は・・・・・少し前の自分を思い出したから。
私の場合は人生投げ出しちゃったし。

いろんな仲間に助けられたけど、これ以上頑張ることは出来なかった時もあるし。

でも千尋さんは私と違って強い人だ。
当時の私とは違って、みんなの力を支えに生きている。

「だけどね、そんな千尋の背中を押してくれる人がいたんだ。仲がいいけど性格の悪い男の子。それとその男の子と付き合っていた、常に千尋のことを『下僕』のようにしか見ていなかったスポーツバカ女」

それって・・・・・。

「もしかして・・・・・お兄と裕香さんですか?」

真奈美さんの言葉に千尋さんは頷いた。

そして千尋さんは、私が大好きな人の名前も上げてくれる。

「そう。それと、茉尋お姉ちゃん」

「お母さん・・・・・ですか?」

私の驚いた声に千尋さんは小さく笑みを見せた。

そして、『今は亡きお母さんとの思い出』を千尋さんは短く語ってくれる・・・・。

「茉尋お姉ちゃん。『千尋の泣き顔』が見たくて、いっつも悪戯ばっかしてくる『困ったお姉ちゃん』だった。でも、いっつも千尋を支えてくれた。『千尋が笑顔になること』ばかり考えてくれた。そういえばお姉ちゃん、自分の仕事を休んでまで千尋が好きな水族館に連れて行ってくれたこともあったな。遊びにいった千尋、ずっと笑っていたっけ」

ふと私の脳裏に、誠也さんと遊んだ日のことを思い出した。
水族館や遊園地に行って遊んだこと。

何度も何度も誠也さんに励まされた日のこと。
私が笑えた日のこと。

ってかそれ、全く同じだ。

お父さんが前に言っていた、『お前は大好きな誠也と遊ぶのと学校でいじめられるの、どっちを選ぶんだ?』って言葉は、もしかしてお母さんの言葉なんだろうか。

『千尋は大好きなお姉ちゃんと遊ぶのと学校で嫌いな先輩にいじめられるの、どっちを選ぶの?』って、お母さんは言ったんだろうか。

そんなことを思っていたら、千尋さんは笑顔を見せてくれた。
この前と同じように、私に『世界は明日も回っている』と教えてくれる。

「その時にお姉ちゃんが千尋に提案してくれたんだ。『私が作った曲に振り付けを考えて、茉尋お姉ちゃんの曲を世界中に広めてほしい』って。最初は何のことか理解できなかったけど、当時は楽しいと思えることも趣味も無かった千尋だし、やってみようと思った。『また頑張ってみよう』と思った」

「そこから活動を始めたのですか?ってか、茉尋さんってどんな人なんですか?」

真奈美さんの言葉に千尋さんは頷く。

「うん。千尋こと、『チロル』の活動が始まった時期。千尋が高校二年生の時にスタートしたの。茉尋はお姉ちゃんは『音楽クリエーター』かな。『mahiro』名義で自分で曲を作って、動画サイトに投稿していた。『作詞作曲編曲』を全部自分でやって、自分で歌ったりもしていた。あと、映像とかも作っていたな。お姉ちゃん、絵が上手かったから『アニメーション』も一人で作っていたし。それに昔にダンスも習っていたから、ダンサーでもあったし。だから『ネット業界』じゃ、実はかなり有名な人なんだよ。実は亡くなった時も、かなり大きなニュースになって取り上げられていたし」

「すごい・・・・・。ってか凄過ぎるよ。それでその人の娘さんがこの人って言うわけね」

驚いた表情を見せる真奈美さんから不気味な視線を感じる・・・。

どうやら私、また真奈美さんに喧嘩を売られているようだ。