「そういえば今日、有名な人がゲームセンターに居たんですけど」

すぐに真奈美さんが食い付いてくれた。
興味があるのか、顔を赤く染めた真奈美さんは私に問い掛ける。

「へー、どんな人?」

どんな人・・・・・。
そうですね・・・・。

「スッゴくダンスの上手な人です。海ちゃん・・・・、私の友達が『有名な躍り手』の人だって」

「へぇ!ダンスか。なんかいいかも。その人の名前は?覚えている?」

「えっと、ちろ?ちあき?何だったっけ?」

「そこ大事なのに!」

真奈美さんの言う通りだ。
帰って調べようと思ったのに、その人の名前を忘れてしまったら意味がない。

今から海ちゃんに聞くのも変な話だし。
だけどその躍り手さんは有名なのか、携帯電話を触る誠也さんは答えてくれる。

「もしかしてチロル?」

チロル、それだ!

「あっ、誠也さんそれです!」

チロル。
ちょっと変な名前だと感じたけど、彼女の名前の由来って何なのだろう。

チョコレート菓子が好きなんだろうか?

「お兄知っているの?」

真奈美さんの言葉に、誠也さんは小さく頷きながら答える。

「うん?ま、まあ。ネットじゃ結構有名人だし・・・・。人気もある人だし、色々な曲を自分で振付をつけて踊っているし」

意外と詳しい誠也さんにもっとチロルさんについて聞きたかったけど、部屋の外からお父さんの声が聞こえる。

「誠也!悪い、出前行けるか?」

「あ、はい!ちょっと行ってくる」

出前。
実は『寿司処みやなぎ」では出前サービスもやっている。

営業時間内なら、お客さんの家に出来立てのお寿司を配達する。

まあでも、最近始めたばっかだから、頼んでくれる人はまだ少ないみたいだけどね。
そもそも『出前をしている』ってことすら知らない人が殆どだと思うし。

その『出前』のために、部屋を出ていく誠也さんの背中を見送る真奈美さん。
誠也さんに手を振っている。

「いってらー!」

そして誠也さんの背中が見えなくなったら、鋭い真奈美さんは先程の誠也さんの言葉の中の疑問を口にする。

「なんか今のお兄、変だったよね?その有名人さんのこと、結構詳しかったし」

・・・・・。

「確かにそうかも・・・・」

言われてたら確かにそうだ。
どうして誠也さんは『チロル』って言う有名人の事に詳しかったんだろうか。

少し気になる。

「多分元カノだよ。そのチロルって言う人はお兄の元カノだよ」

元カノ。
真奈美さんにそう言われてまた脳裏にまた松井先生が浮かんだ。

そういえば松井先生、『もうすぐ誠也さんと別れる』って言っていたっけ。
と言うか二人がカップルで、中学生のときから付き合っているって言う現実に私は驚いた。

ホント、世界は意外と狭い・・・・。