(起) 幼年時代 (2) 育ての親
その呼び出し音が鳴った時。
幸い彼は、ティータイム中だった。
(そうでなければ、無視したところだ!)
「…係(ハイ)?」
その頃の居住地域の言語で、とりあえず応えてみたところ、
「お久しぶりね、鋭(えい)!」
日本語で。
…懐かしい…顔が。
すこしだけ、疲れた様子で。
ちょっとだけ、老けこんでもいたけれども。
相変わらずの、笑顔で…
画面に、大写しに現われた。
「やぁ…ひさしぶりだね、リツコ。
ぼくの今の通称は 清 鋭峰(ジン・ルイフェン)だよ。
どうしたの?」
「そうだったわ。『人類・変』博士よね。変な名前w
香港勢のところに棲み着いてるのよね。元気そうね?
今日はね、『仮親ボランティア』コーディネーターとしてのお願いなのよ!」
「…僕に?」
「…忙しい?」
「いや… 忙しいことは忙しいけど…超。…超ッ絶…!」
「無理かなぁ?」
じつのところ。
建設まっさい中の、巨大人工宇宙島『3PS』(スリーピース)の。
今なお、設計図の各所の細部をせっせと詰めつつ。
大枠の施工管理実務の大半を統括しているのが、
…彼だ。
それはもちろん相手も承知した上での…
あえての、お願いだ…?
「…う~ん… 『FIFS』から日系対応コーディネーターにって。
元パペルの長野さんを貸してもらってからは、人事は押しつちゃったんで、だいぶラクにはなったけど…
なぜ僕に?」
「それがね! 五歳児クンなんだけど~」
「えぇ?」
「質問魔、なんですって!
それも院卒や博士号持ちの人でも答えに窮するくらい、ハードに専門的でコアに理系な!」
「…ははぁ…」
「鋭も子どもの頃そんなだったって言ってたでしょ? いわゆる理数系『天才児』枠よね?」
「そんな気はするねぇ」
「でも食べ物はぽろぽろこぼすとか。服のボタンがまだ自分で留められないとか。目を離すとすぐに迷子になっちゃうとか。好奇心で何か『実験』しようとして、あわや大惨事!寸前とか~?
…やらかすことは、やっぱりまだ五歳児。なんですって。
…鋭。
ちびっこの世話も教育係も。…得意よね…?」
かつて世話されたちびっこ当人からの御評価なんだから、そいつは間違いない。
「…なるほど?」
がぜん好奇心は涌いた。
「とりあえず、連れて来させてみてよ。会ってから、お互いの相性みて決めるってことで…」
「ありがとう! 『仮ボラ』の誰かが連れて行けると思うから、空いてる時間を教えて!」
いくつになっても元気な少女のままのような、旧知の知り合いは。
地球の全生命が絶滅寸前!という大激変のさなかとも思えぬ、昔のままの…
笑顔で。
用件だけさくさく語ると、マイペースに。
さっさと映話を切った。
*
「…名前は?」
でっかい眼をして。
腰より低いくらいの位置から。
首をぐいっと曲げて。
必死に見上げてくる。
子どもの一生懸命さに苦笑しながら、彼は。
かがみこんで視線を合わせてから、尋ねた。
「…今の名前は… 土岐 真扉(とき・まさと)…」
「…そうなんだ?」
「前の名前は… たぶん違ってて…。
マーチャント・瀧(たき)。ナントカ。…だった。…たぶん…」
「…いつ頃の話?」
「たぶん二歳より前… 救助。される前…」
「覚えてるんだ?」
「なんとなく… じゃ、なくて。 後から、思い出した。というか…」
「名前を元に戻すつもりはないの?」
「もう… 今ので。…慣れちゃったから…」
「そうかぁ」
「みんなトキって呼ぶし。」
「うんわかった。じゃ、それで行こうか。…トキだね?」
「うん。…あ、…はい。」
「ぼくはきみと同じで、一歳になる前くらいから、ほとんどの体験を、かなり鮮明に記憶してる体質。」
「…そうなんだって、聞いた…」
「誰に?」
「リツコさん…」
「リツコと会ったんだ?」
「直接は会ってないよ。映話で話しただけ」
「…ぼくと話す時は、『子どものふり』しなくてもいいって、習った?」
「それは習わなかった。あなたを視て、いまボクがそう判断しました」
「じゃ、ぼくら、うまくやっていけそうだね?」
「…よろしく、お願いします…」
*
「ぼくの『今の名前』は、清 鋭峰(ジン・ルイフェン)。
昔の仲間は、エイとか、リールとか、色々で呼ぶよ。
日系の政治的亡命人だけど、あちこち転々としてて。
今はおもに香港からの亡命勢と一緒に、宇宙と地上を行ったり来たりして仕事してる。
人工宇宙島『3PS』の設計施工担当総責任者。
よろしく。』
こうしてトキ・マサトは。
巨大宇宙港の、建造現場のまっただなか。
天才科学者と天才技師たちと天才宇宙飛行士と。
宇宙トップクラスの建築技能士や、事故即応隊員たちや、救急医療師たちが。
行き交う中で。
おとなに囲まれて…
各分野の専門家たちが暇ひまに面白がって教える、超のつく…
専門知識を。
シャワーのように浴びて、育った。