(結) 黄金時代 (1) 私財喜捨


 いよいよ本題である。

 後にタテルゼ社史において『大建造時代』と呼ばれた時期の後半。

 明らかに『WAGAYA』の受注生産がひと段落して落ち着き。
 年間製造予定と勤務スケジュールに、空白が目立ち始めた。

 増産に次ぐ増産、徹夜に次ぐ徹夜の、突貫工事で働き続けてきた、
(特に日系の)ワーカホリック患者な建築労働者たちは。

 空欄の滲出を観てどよめいた。

「どうする…? 仕事、無くなっちゃうんじゃないのか…??」

 当時の『宇宙人口』は、実に五百万を超えた!と、考えられていた。

(一部の『国家系』軍事基地などが正確な人数を公表していないため、あくまで推算ではあった。)

 地表の、比較的安全が保たれていた、地域在住で。
 元々、治安が良いあたりで、教育レベルも高くて。

 地表におけるキャリアと(ほぼ無価値に近づきつつある不動産などの)
 個人資産を。

 えいっと!

 勇気を出して。
 全て、投げ売って…

 自力で、『宇宙移民を!』と。
 志すだけの経済力と意志力のある、
(まだ存命中の)人間は…

「ほぼ全て」宇宙に移住済みだ。

(その他の『権力者と富裕層とその使役者階級たちは。
 ほぼすべて。地下都市への移住を済ませた。)

 …と、この時点で、考えられていた。

 当初ギュウ詰めだった『3PS』からも。
 超のつく資産家と、大家族で比較的裕福な庶民層が。
 せっせと蓄財しては『 DANCHI 』や『WAGAYA』を購入して。
 転居者が多く出たため。

 残った一般庶民(貧しめの)層にも。比較的余裕のあるスペースが。
 貸与されるようになっていた。

「…どうする…? …仕事、無くなっちゃうんじゃないのか…??」

 宇宙建築業従事者たちは、不安にどよめいていた。


     *


 その頃、さらに不穏なことに。

 タテルゼ社の重要幹部同士で、仲違いが起きた!
 と。
 無責任な低俗報道陣が。
 スッパ抜いて、騒ぎ立てた。

 それまではいつも、
『双子のように仲が良い』
『タテルゼ社の双看板』
『いや双美人だろw』

『表裏一体の重鎮陣』等と評されて来た。

 特に、
 社長のトキ・マサト本人と。
 副社長で「社長より発言力がある」とされてきた…
 ユリ・シロウが。

 深夜に激高して口論していた。
 とか。

 ユリがトキの横っつらを引っぱたいて!
 慌てた周囲から必死に制止されていた。
 などなど…

 株価は乱高下した。

 下がった株価を、筆頭株主であるパペル社が、必死で買い支えた…
 と。

 噂が、
 噂を呼んだ。


    *


 新規建築計画が発表された。

 発注者は、『パペル社』オーナー社長個人。とあった。

 むろんタテルゼ社の筆頭持株会社(親会社)であるパペル社の。
 その時点での配当保有資産額はまさに『天文学的!』であり。

 そのオーナーが個人資産で『 WAGAYA 』を新規購入することくらい。
 もちろん容易であろうと。
 当初、周囲は思った。

(そして、それは急場しのぎで付け焼刃の。
 ほんの一時的な『失業対策』に、過ぎないのではないか? とも…)

 しかし配布された設計図と、その数量を見て。
 関係者は一斉に首をひねった。

 今までに建造された『最低家賃の』『 DANCHI 』シリーズよりも…
 さらに、簡易で安価で。
 居住性の…低そうな。

「…ガヌダムじゃなくて、ジヌだよな?」と。

 某人気アニメシリーズのロボット名称で。
 喩えられたような…

 安全性だけは、しっかり確保して。
 あとはどうでもいい。と、いう感じの。

「これは… 何というか… 『緊急一時避難用・仮設住宅』的。な…?」

 と。ネット座談会の司会者は、番組内で呟いた。

 そんな構築物が。

「とりあえず、なるはやで… 百基?」というのが。

 謎めいた微笑で質問をはぐらかす。
 パペル社オーナー個人の。
 発注だった…。


     *


 やがて。

『噂通りユリ・シロウに引っぱたかれた痕だ』と。
 ささやかれる。
 まだ色鮮やかさすら残す、
 鬱血色の左頬の手形を。
 刻んだままで。
 ちょっと苦笑いしながら。

 トキが『合同記者会見』場に姿を表した。

 横に貼りつくように控えているのは、やはり。
 いつもの仲良しコンビの副社長ではなく。

『元・宗教?家』という肩書が付く。
 色物の、ニョゼ・ガモン師で。

 そのほか居並ぶタテルゼ社首脳陣の。
 端っこ~の、隅~の、方に。
 いかにも憮然とした顔で、嫌そうに。

 話題の副社長も。
 しぶしぶといった態で、同席してはいた。


     *


「…今回発表されると言うのは、社内改組の問題というか…
 副社長更迭!? 問題とか。
 まさかの会社解散? とか、
 …色々と、
 噂になっていますが…?」

 記者会見場の司会者役を引き受けた、某人気アナウンサーがまず質問から始めた。

「…それ、全然、ちがくて~…」

 トキはいつもの『営業用』スマイルではない。
 ほぼ『素』の表情で。

 苦笑いして、全否定した。

「今回は。ぼく個人から皆様に大きなお願いがあって!
 一刻も早く、一人でも多くに。
 広く情報を広めて呼び掛けて頂きたいために…
 勝手ながら、申しわけありませんが、こうして集まって頂きました。

 このプロジェクト自体の発注者は、ぼく個人。です。
 法的親権者でもあるこちらのパペル社オーナーの。
 全面的な賛同と資金援助は得ていますが。

 あくまでも、発案者はぼく個人で。

 そのことで、社内で反対を受けた、
 というのは、単なる事実なんですが。

 …ぼく、この十数年で、とても儲かりました。

 ぼったくり!とさんざん怒られましたが。
『 WAGAYA 』シリーズをこちらの言い値通りの高額で買い取って下さった、
 資産家の皆さんには、心から感謝をしています。

 で、ですね…。
『3PS』法規によれば、遺産相続、は、認められていません。
 元より、ぼくと個人的パートナーは同性なので。
 遺産を継がせる子どももいません。

 で、ですね…。

 ぼく個人のお金を。
 全部、死ぬまでに、使い切るために…

 地上の、まだ残っている人たちを、すべて!
 サルベージする…
 そういうプロジェクトを。

 立ち上げたくて。ですね…? 」


 どよ!

 …と。

 中継をリアルタイムで観ていた。
 全宇宙人口が、いっせいにどよめいた。


     *


「…『ネビュ・ファンド』再び…!」

 と、速報は一斉に報じた。

「いやいや、今回『FIFS』は後追いで便乗させてもらうだけなんですよ。
 あくまでも、言い出しっぺは、トキさん個人なんで…」

 にっこりと微笑む、『SF&IF』界の重鎮たちに。

「あぁ、実は。
 ずいぶん前から、根回しされて…
 周到に、用意されてきた… 計画。だったんだな…!」

 …と。
 視聴者たちはおのずから。合点せざるを、得なかった…

(実際、ほとんど私生活にカネをかけていない風情の…
 着たきりスズメとすら罵られる、無頓着な…トキが。
 なぜ、『 WAGAYA 』シリーズの収益性に関してだけ。
『銭ゲバ!』だの『守銭奴!』だのと罵られるような価格設定なのか…
 は。
 常々、『宇宙生活三大不思議』などと話題にされてきては、いた。)

 取材陣も報道各社も、右往左往して情報を集めた。


     *


「まだ、地表に…
 放射能と化学毒と地震と噴火と津波と独裁政権と武装勢力に怯えながら…
 右往左往している…

 難民の人たちが、いるでしょ?」

「野生のいきものたちも…
 まだ、少しだけど…
 生き残って… いるでしょ?」

 トキは。

 ほどなくして公表された『資金&ボランティア大募集!』の。
 呼びかけ動画において。

 切切と、
 訴えた。

「ぼく、そのひとたちを、拾いたいんです。…ぜんぶ。」

「ぼく、自分のお金をすべて遣いたいと思います。…そのために。」

「でも、ぼく個人だけじゃ、やっぱり、とてもじゃないけど…
 無理なんです。」

「移送用の船と、緊急一時避難移住用の仮設住宅は。
 ぼくらで。用意できます。」

「でも、誰かが。
 危険な地上と、宇宙とを。

 何往復もして…
 実際に『拾う作業』(サルベージ)を。
 手伝ってくれないと…」

「ひとりでは。無理なんです。」

「あなたのちからを。…貸してもらえませんか…?」


     *


 むろん。

「自分たちからは大金をぼったくったくせに!」

 という反発は、嵐のように起こった。

「地表の財産をすべて投げうって!自力で!宇宙移住を敢行して!
 自ら進んで無一文となった『勇気ある選良』たる、我々に対して。

『無料で』!?
 無能な…貧民たちを… わざわざ、救う?

 その手伝いをしろとは…
 どういう料簡だ?!」

「タダで宇宙移住ができるなんて… 難民、ずるいッ!」

 …と、いうような非難も。


     *


 しかし、そもそもの『3PS』初期計画の支援者たちは、…

 歓呼した。

「自分らも、『遺産』は、すべてそのために使うぞッ!

 歓んで! すべて寄付するッ!」


 そうした『第一世代』たちに、連れられて。
 ほんの幼い頃に、宇宙移住をした者たちや。
『宇宙生まれで、地球を知らない』第二世代。たちは…

「いちど地球に降りてみたかった!」
「…パイロット! やりまーすッ!」

「看護師です! 地表の受け入れキャンプ? とかで働かせて下さいッ!」
 と…。

 志願者は、山津波のように…

 押し寄せた。