この後は軽く昼食をとってから2時間レッスン。あ、今日は雑誌の発売日だから帰りに買って帰らないと。明日の朝は何時に起きればいいんだっけ。
ぼうっとしていても脳内は勝手に今後のスケジュールを次々に知らせてくる。たまにはゆっくりしたいと思うことだってあるけれど、この仕事は忙しい方が嬉しい。どっちにしろ、オフの日はドラマや映画の鑑賞で仕事から完全には離れない。
「……古坂さんは、最終回に向けて今後どんな感じに動くと思いますか?」
ふと、マネージャーの古坂さんに聞いてみた。
「うーん、そうだなあ。主人公が決定的なことやらかしそう」
「やらかす?」
「うん、このままじゃ主人公は芯の部分まで変われないと思う。何か悪い展開が……例えば、サークル仲間のリサが主人公巻き込んじゃって、主人公は流されるとか」
「えっリサが!?それは考えなかったです」
「栞菜はどう想像してるの?」
「私は、主人公が誰かに恋愛感情を抱くような気がします。それこそ、主人公が変わった後か……もしくは変わるきっかけになるかも」
「おおっ、恋愛かあ。それもあるかもね」
私はいつも、移動の車中で古坂さんに今後の展開予想を聞く。それは今回みたいにもう自分の出番がない作品でもだ。物事を幾つもの視点から捉えられるように、発想力を鍛えるように、と毎回二人であれこれ言い合う。
「しっかし、塩谷くんがあの役演じてると別人だと思うよね」
「いつもの温厚な塩谷さんが、あんなにつっかかってくるなんて、面白いですよね」
だから、この世界は楽しい。
自分以外の誰かに「なる」。その誰かを自分なりに演じられたら、とっても楽しい。
だからこそ、私には譲れないものがある。


  ▽


「ふう」
ドラマの撮影後、事務所に戻ってレッスンを受け、帰宅。勿論帰り道の本屋で忘れずに雑誌を購入。
日課の半身浴のお供に、その雑誌とミネラルウォーターを浴室に持ち込む。
私のために浴室に防水テレビを設置してもらったので、湯船に浸かりながらテレビもつける。今は夜の10時を回ったところなので、今期注目されているドラマをつけながら、買ったばかりの雑誌をペラペラと捲った。
「……54ページ、と」
雑誌と言ってもファッション雑誌ではなく芸能雑誌である。テレビの情報を主に掲載した雑誌で、毎月欠かさずチェックしている。勿論ファッション雑誌も読むが、大抵は芸能雑誌で情報を仕入れたり俳優さんのインタビューを読み込んで勉強する。
今月号は特にチェックしなければならない項目があった。私にとって絶対に欠かせない、ある人のインタビュー欄。

『俳優・牧丘奏世に聞く!謎と不思議と緋色の“彼”』
率直なタイトルだなあ、なんて思いながら文に目をやる。今月末に放送されるドラマスペシャル『謎と不思議と緋色の彼女』に出演する牧丘奏世のインタビューが掲載されている。


――ドラマ内では破天荒な性格で度々アクションを起こす役ですが、実際の牧丘さんはこの役と自分が似ていると思う部分はありますか?
――ここまで破天荒な行動は僕自身したことがありませんね(笑)。でも、行動派なところは似ているかもしれません。考えるより先に動け、は言い過ぎかもしれませんが、実際に行動に起こさなければ何も変えられませんし。
――では、インドア派よりアウトドア派?
――そうですね、体を動かすことは好きです。今年の夏は友達と海に行きたいですね。思いっきり体を焼いてみたいです。
――ところで、ドラマタイトルにもなっている『謎と不思議』ですが、牧丘さんは演技力だけでなく見た目の格好良さも人気の一つですよね。そのスペックの高さの『謎と不思議』について、何か秘訣があれば教えてください。
――そんなに褒めても何も出ませんよ(笑)。演技については、自分らしさを追求し続けることですね。別の誰かを演じるには自分はどうしたらいいか、自分にしか演じられないキャラクターを作り上げるにはどうしたらいいか。そういったことを考えると、最終的に『自分らしさ』というものを考えることになります。自分の演技には、まだまだ課題が沢山あります。見た目は、どんな役にもなれるようにと、あまりインパクトの強い格好や髪型は避けるようにしています。個人的には、もっと男らしくなりたいです。


そんなインタビュー文と共に、はにかむ牧丘奏世の写真が何枚も載っている。インタビューにもあったが、ルックスもそこらのモデルに劣らぬほど整っているので、外見から入るファンも少なくない。そんなファンにとっては、何枚も写真が掲載されていれば喜ばしいだろう。
もう一度、インタビューに目を通す。「自分らしさ」、ね。
「牧丘、奏世……」
名前を指でなぞりながらそっと口に出す。もうテレビの音は聞こえない。
私は彼を追う度、過去を反芻するのだ――……


「合格だって。やったじゃない!」
そう言って私の手を取り喜ぶ母とはうらはらに、私は目の前の通知書の意味が掴めず、ただ母をじっと見つめるしかなかった。
事の発端は3歳の七五三だった。
母は子供の初めての七五三に随分張り切っていたと後から聞いたが、確かに着物は子供が着るには勿体無いほど上品なものを着せてもらった。子供らしさを出すために柄や色味はあどけなさを演出するものを選んでもらった。お祝い事には髪飾りに生花を、という母のこだわりもあり、白く愛らしいかすみ草を髪に添えてもらった。
写真スタジオで記念写真を何パターンも撮り終えた後、ふとカメラマンの人がこう言ったそうだ。
「それにしても可愛いですね。仕事柄、色んなお子さんを見てきましたが、こんなにチャーミングな子はそういませんよ」
「あら、ありがとうございます。私が張り切りすぎて、娘をうんと着飾ってやったものですから」
「いやいや、この子は着飾らなくてもうんと可愛いんでしょうね。こんなに可愛いんですから、芸能界でも入れてあげたらどうです?」
「ああ、それはいいね。きっと人気が出ますよ」
店員さんも一緒になって母にそう語りかけた。
カメラマンさんはお世辞だったかもしれないし、最後の提案は冗談だったかもしれない。店員さんも、社交辞令に乗っかっただけかもしれない。
それでも母はそこまで言われて、すっかりその気になってしまったらしい。元々、生まれた時から度々周囲から娘を褒める言葉を何度もかけてもらったらしく、極めつけのこの提案にはっとしたそうだ。
とりあえず送るだけでも、と試しに書類を送ってみたら一次合格。二次の面接やカメラテストも、あっさり合格してしまった。
そこで、冒頭の喜びである。
「この前お外にお出かけして、沢山の大人たちとお話したでしょう?そしたらね、芸能事務所に入れるって」
「それは、どんなところ?たのしい?」
「うーん、それは自分次第よ。テレビに出たり、演技をしたり、お歌を歌ったり。かんちゃんが頑張れば、そういうことが出来るのよ。かんちゃんは、やりたい?やりたくない?」

実際、オーディションに合格して芸能事務所に入っても、中々芽が出ずレッスン料だけがどんどん増えて結果辞めてしまう人が多い。努力を重ねても、そもそもカリスマ性を感じてもらえなければ結果は出ない。世間のニーズに合わなければ、簡単に切り捨てられてしまう。そんな過酷な世界を知る術もない幼い私は、
「かんな、やってみる。やってみないとわからないもん」
自らその一歩を踏み出し、「小鳥遊栞菜」としての人生を送り始めることになった。


  ▼ 


それから半年以上、幼稚園に通いながら芸能事務所にも足を運び、様々なレッスンを受けた。
歌、演技。感性を豊かにするために、とピアノ教室にも通いだした。
その頃の私はレッスンを掛け持ちする辛さよりこの道への好奇心が勝っていたため、レッスンが増えても嫌がることは殆どなかったらしい。私自身も、記憶にある限りデビューまで辛かった思い出があまりない。
覚えているのは、レッスン帰りに母と歩いた夕焼け道。ひらけた川沿いを、二人で色んな話をしながら帰ったあの時間。
どんな明日が待っているか分からずに、でも繋いだ手から伝わる温もりに安堵して。笑顔を浮かべれば答えるように母も笑顔を向けてくれた。
事務所に入って一年も経たぬ4歳の冬。転機は訪れた。
事務所の社長が私の可能性を信じ、様々なところへ売り込んでくれたおかげで、遂に芸能界デビューを果たすことになった。
舞い込んだ初仕事は、森治乳業のヨーグルトのCM。この冬、子供もターゲットに入れた新商品を発売するということで、イメージガールに私が選ばれたそうだ。CM撮影の後は広告ポスターの撮影もあるということだ。
一流企業のCM、それはデビュー仕事としてはあまりに運が良い。
「たかなしかんなです。よろしくおねがいします」
母に言われた通り、丁寧に挨拶をする。知らない大人と初めて見る機材に囲まれ思わず萎縮してしまう。でも、初めてヘアメイクさんに着飾ってもらったのは、少しばかりドキドキで。
フレーバーをイメージして、ピンク色・紫色・黄色のフェミニティ溢れる衣装を着た後は、プレーン味をイメージして、オーガンジーを駆使した真っ白のミニドレス。プリンセスになったかのような衣装に、自然と笑顔は増えた。

「フルーツフレーバーもしんとうじょう!」
目を静かにつむり、両手を大きく広げたり。くるくると踊ったり。
「栞菜ちゃん、次はこっちのカメラに目線頂戴!」
「はい!」
「さっきの台詞、今度はカメラに話しかけるように言ってみて」
「はい!」
次々に飛ぶ指示通り、一つ一つこなしていく。
最後はヨーグルトを一口食べ、
「まっしろ、なめらか、ヨーグルト!」
今日一番の笑顔をカメラに向ける。
「……はい!かんなちゃん、オッケーです!」
「これにて撮影は終了です!」
「ありがとうございました!」
ぺこり、お辞儀する。
顔を上げると、大きく鳴りやまない拍手が沸き起こった。初仕事だからか、それとも子供だからか。分からないけれど、みんながみんな穏やかな笑顔で囲んでくれた。
スタジオの隅で終始心配そうに見ていた母は、拍手が鳴り止むと同時に勢いよく私に駆け寄った。
「かんちゃん!撮影、どうだった?」
母は私の顔を覗き込んできた。どうだったも何も、私はとにかく
「たのしかった!」
この一言に尽きるのだ。
元気よくそう答えると、母を含め周りの大人たちも一緒に笑ってくれたのをよく覚えている。
母は、自分がオーディションに書類を送ってしまった手前、自分のせいで私がこの道を進まざるを得なくなってしまうことを恐れていたようだった。思い返せば、オーディションの合格通知が届いたときも、私がやりたいかどうかを問われていた。でも、この時の私は演じる楽しさに少しだけ触れていたと思う。
初撮影がそんな調子だったから、続くポスター撮影も笑顔で乗り切れた。
「かんなちゃんは、演じるために笑顔になっているんじゃなく、演じるのが楽しくて笑顔を浮かべているね」
そう言ってくれたカメラマンに、私はやっぱり笑顔を浮かべるのだった。


  ▼


CMが放送されると、瞬く間に視聴者からの問い合わせが殺到した。
「あの可愛い子は誰?」、「子供であんなに綺麗な声が出るなんて」、「どこの事務所の子なの?」、「あの子の名前は?」。
大きな反響に、次第に私の名が芸能界や世間にじわじわと広がっていった。そしてCM放送開始からわずか2ヶ月足らずで、
「ええっ主人公の吹き替え!?」
何と、CMを見た映画関係者が私の声に魅了され、急遽子供向けアニメーション映画の主人公の吹き替えに大抜擢されたのだ。
こんな短いスパンで大きな仕事が舞い込んできたのは流石に母も絶句したようだった。

「あ、あの……こんなことってあるのでしょうか……」
オファー自体、半信半疑だったようだ。
「ふきかえ、って?」
「アニメのキャラクターを、声で演じるんだよ」
「へええ、おもしろそう!」
5歳になったばかりの私には、事の大きさを理解できるわけがない。だからこそこんな大役も引き受けられたのかもしれない。
声を演じる、ということでボイストレーニングのレッスンがメインの生活を送り、アニメ映画の声優という大仕事に挑んだ。
アフレコ現場ではCM撮影程の人数はいないものの、がらりと環境の変わった中で声だけで演技をするというものは、やっぱり最初は萎縮してしまう。顔が強張り、声も固くなってしまう。
「かんなちゃん!リラックス、リラックス」
「はい、ごめんなさい」
「大丈夫だよ、主人公になりきってごらん。素直に、表現してみて」
素直に。それは子供だからこそ出来ることかもしれない。渡された台本、目の前に映し出される映像。そこから分かる、主人公の気持ちをありのままに。
「もし、かんなちゃんがこの主人公だったら?」
私が主人公だったら。
最後の問いかけは、私を大きく突き動かすものだった。
もしも、私が主人公だったら。この状況だったら悲しいと思うし、こう言われたらすごく嬉しい。この場面は泣きたくなるし、この場面は思わず叫びたくなる。
「ぃやったあああああ!!」
クライマックスを迎え、主人公が次々に相手を切り崩していくシーン。負傷した仲間と共にトドメを刺した直後のこの台詞。
私のソプラノボイスがめいいっぱい弾けた瞬間、自分でも「あ、いまのいい」と思うほどに気持ちが良かった。
仲間は怪我を負った。絆はバラバラになりそうになった。相手はこの街ごとめちゃめちゃにした。支配下に置いた。
もう望みはない、誰もがそう思う状況から一変、覆すことに成功した主人公の心からの叫びが、私のソプラノボイスに乗った瞬間だった。


  ▼


アフレコが終われば映画の試写会に出席。今一番注目の子役としてテレビ番組やラジオ番組にも出演。私の知名度が上がったこともあり、映画は見事成功に収めた。アニメーション映画としては異例の集客数だったそうだ。
初CM、初声優ともに成功に収めた「小鳥遊栞菜」はもう勢いが止まらない。仕事のオファーが次々と舞い込んできた。
その波に乗るように同年秋には連続ドラマにキャスティングされ、主要人物の娘役として役者デビューを果たすことになった。

このドラマデビューが、初めて他の役者と共演の仕事となる。しかもその殆どが母と同年代ほどの女優や俳優。役者界における、いわばベテランの人だらけ。
そんな状況に初めて立たされ、これから私は本当の演技の楽しさを少しずつ知ることになる。
当時のマネージャーさん(古坂さんの前は男の人だった)に連れられ、小さな会議室で打ち合わせを行う。台本を渡され、ドラマの構成や私の役どころ、撮影期間などを聞かされる。丁寧なことに、台本を読んでみると私の出るシーンは難しい漢字にルビが振られていた。
「栞菜ちゃんは加瀬悦子さんの娘役として出てもらいます」
「加瀬さんは今話題の化粧品のCMに出ているベテラン女優さんだよ」
後ろからマネージャーさんが教えてくれる。
幼い私でもCMの名前を言われれば顔が思いつくほどのベテラン女優だ。初CMといい、初声優といい、デビューから大きな仕事ばかり続いている。そこまで大きな仕事が自分に舞い込んでくるのは怖いくらい不思議だ。
それでも、声をかけてもらったからにはきちんとやり遂げる。ベテラン女優だからと怖気づくようなことはこの年じゃまだ覚えていない。
やれる、出来る。
そう思って挑んだ初ドラマ。
「ママ、どこいくの?どこにもいかないって、やくそくしたよね!」
自分の本当の母以外の人間を「ママ」と呼び、「ママ」として接する。それは5歳という幼さでは中々上手く演技の出来る設定ではなく、初めて何度もNGを出した。
私の母は、ドラマの設定を考え撮影現場には顔を出さなかった。それでも、中々上手くいかない。
悔しい、悔しい、悔しい!
大人が眉を下げながらカットを入れるのも、ベテランの役者さんたちに同じシーンを何度も付き合わせてしまうことも、自分が上手く演じられないことも、悔しい。
「かんなちゃん、深呼吸してみて」
「しんこきゅう……」
「それと。今は私の娘よ、『ゆーちゃん』」
母親役の加瀬さんが私の頭をゆっくり撫でてくれる。
一度、目をつむる。言われた通りに深呼吸を一つすると、瞼の裏には母の笑顔が浮かぶが、私はその姿に一度、「バイバイ」を告げる。
バイバイ、またあとで。
目をあけると、そこには加瀬さん。「一人娘のゆーちゃん」のママ。
私に背を向け、どこかへ行ってしまおうとしているのは、私のママ。

「ママ!ママ、ゆーちゃんからはなれないで!」
私のママ!待って、行かないで!
傍からいなくなっちゃうのは悲しいよ、寂しいよ。
だからママ、ゆーちゃんから離れちゃだめ。
だめ、だめ、だめ。
「ゆーちゃん、こんなママを許して」
「やだやだ、ママといっしょにいる!まって!」
手を伸ばし、駆けても駆けてもその背中は遠のく。
どうして追いつかない?どうして離れる?
ママは、私の傍にいるものでしょ?
どうしてママは振り向いてくれないの?
ママ、ママ、ママ――……。
「――カット!」
気が付けばカットがかかり、加瀬さんに背中をさすられていた。
どうやら役に入りすぎて号泣していたみたいだった。嗚咽が止まらない私を、加瀬さんは静かに何度も背中をさすってくれた。
「かんなちゃん、今のは私の娘だったね」
オッケー出たよ。
そう言って微笑んでくれた加瀬さんは、私が今でも尊敬してやまない人だ。


  ▼


「今日の特集は子役!世間では子役ブームに火が付いていますが、その子役ブームの火付け役ともいわれる小鳥遊栞菜ちゃんに密着しました!」
ゴールデンタイムのテレビから、私の特集コーナーが流れる。
母は私の出る番組を必ず録画するのに、必ずリアルタイムでも視聴する。撮影現場にも基本的にはついてきているから実際に目の前で見ているにも関わらず、だ。
デビューから数年。バラエティ番組の露出は少ないが、特集を組まれるのは度々。「子役と言えば小鳥遊栞菜」とまで言われたし、人気子役だの天才子役だのと形容されるのが当たり前の生活になっていた。
ドラマデビューを機に演技に専念してきた私は、負けず嫌いの性格が表れ始めた。ただ、この頃の負けず嫌いのベクトルは他人ではなく自分に向いていた。それは同じ土俵に立つような子役がまだあまりいなかったこともある。
調子に乗っている、と言われればそれまでかもしれないが、自分で自分をそこまで評価するのはそれだけの努力を注いできたからだ。小学校では友達はいるものの、学校が終わればレッスンに直行の毎日。休日は撮影で丸一日お休みの日はあまりない。
周りから評価され、期待される。そうすると幼いながらに演技に対して一生懸命取り組もうと奮起する。だから、お休みがなくても特に何も思わなかった。ただがむしゃらに、突き進んでいった。

そんなある日。ドラマデビューから3年が経った頃。
「栞菜ちゃん、ちょっとこれ見て」
事務所に着くなりマネージャーさんに呼び出された。
ソファに腰掛けるように指示され、大人しく腰掛けると、マネージャーさんは目の前のテレビのスイッチをつけた。
映し出されたのは――……
「これは?」
「あるアーティストのミュージックビデオだよ。このグループはいつもミュージックビデオがドラマ仕立てで、毎回色んな役者さんが出演してるんだ」
「……男の子?」
「そう、この子」
そこには見たこともない小さな男の子がいた。小学一年生くらいだろうか、私より全然体が小さかった。
けれど。
「ほかの子よりうまい」
「うん、今ひそかに注目を浴びてるんだ。このミュージックビデオが映像デビュー作品らしい。もしかしたら、今後もっと出てくるかもしれないね」
確かに上手い。ファンタジックな背景を背に雲のような地を駆けるその男の子は、他に映っている子よりも存在感があった。
確かに上手い、上手いけどこの時の私はそこまで危機感もなく危険視もしなかった。というよりも、あまり気に留めなかった。
へえ、こんな子もいるんだ。私ももっと頑張ろう。
そう思えば、もうその子のことはあまり思い出さなくなった。自分は今自分の出来ることをひたすら頑張ればいい。他に目をやらなくたっていい。
……と、思っていたのも束の間。
その男の子は「巷で話題」と称され、メディアで度々取り上げられていく。ミュージックビデオの再生数はあっという間に100万回を上回った。
ただでさえ、周りの注目がその男の子に向かっていくことに栞菜も敏感になっていたのに、
「今日の特集は今注目の子役に迫ります!」
そう言って私でなく彼を紹介した映像を見たときは、流石に顔が引き攣った。
そう、その男の子こそ、後のライバルとなる牧丘奏世だった。
牧丘奏世は他事務所所属で私の2つ年下の男の子だった。
例のミュージックビデオが世間で話題を呼び、その甲斐あってか企業のCMに引っ張りだこ。
彼は、あどけなさに見合わない程の演技力に加え、整った容姿を持ち合わせている。そのスペックの高さに世間は驚き、そして注目した。
その結果が、彼のドラマデビュー決定だ。