遠い国にまで繋がる大海原。
 それは白い水飛沫となって、砂浜へと波を打ち寄せては還ってゆく。

(私の想いは、最後はどこへ還るんだろう)

 遠ざかる波をその瞳に映し出しながら、紫織はふと思った。

 幼き日の小さな想い出と共に心にしまい続けてきた、宏樹への恋心。
 しかし、紫織の想いとは裏腹に、宏樹の気持ちは別の場所にあるのも気付いている。

 頭では分かっている。
 それでも、宏樹の全てを欲しいと渇望する自分もいる。

 とたんに、瞳に熱いものが込み上げてきた。
 宏樹の前で泣きたくなどない。
 なのに、一度溢れ出した涙は留まることを知らず、ゆっくりと頬を濡らしてゆく。

「――紫織……?」

 宏樹も紫織の異変に気付いたらしい。
 わずかに驚いたように、涙を流す紫織に視線を移した。

「どうした?」

 心配そうに訊ねる宏樹に、紫織は「何でもない」と首を振る。

「――ちょっと、目にゴミが入ったみたいで……」

 苦しい言い訳だな、と紫織自身も思ったが、他に適当な理由が見付からなかった。

 案の定、宏樹は全く信用していない。
 口には出さないが、その代わり、訝しげに眉根を寄せる。
 だが、それも一瞬のことで、宏樹はいつもと同じように柔らかく笑んだ。

「全く、お前って奴は」

 宏樹は紫織の身長に合わせて前屈すると、幼子をあやすように優しく頭を撫でてきた。

「泣き虫なトコは昔っから変わってないんだな。――迷子になって、俺に泣き付いて来たガキの頃のまんまだ」

「なっ……!」

 紫織はムッとして、恨めしげに宏樹を睨んだ。

「私、もうちっちゃい頃とは違うもん! それに、ゴミが入っただけだ、ってさっきも言ったじゃん!」

 紫織の剣幕に、宏樹は苦笑しながら肩を竦めた。