宏樹がやっと笑うのをやめてから、宏樹と紫織は車から降りた。

 車に乗っている間はずっと寝ていたので気付かなかったが、どうやら海に来ていたらしい。
 外へ出ると波の音が耳に響き、汐の匂いが身体中に纏わり付く。

「じゃ、行くか」

 宏樹のこの一声を合図に、紫織は宏樹のすぐ後ろを追うように歩き出す。

 海は駐車場より下の方にある。
 ふたりは急な階段を慎重に降りると、砂浜へと足を踏み入れた。

 目の前には、果てしなく続く水平線が広がっている。
 この辺は有名な海水浴場であるから、シーズンになれば海水浴客で賑わっているが、さすがに今の時季は閑散としている。

「――静か過ぎるね……」

 海を見るなり、紫織は素直な気持ちを口にすると、宏樹も「そうだな」と頷く。

「さすがに冬の海を見に来るような物好きなんて、そうそういないだろうからな」

「じゃあ、こんな場所に私を連れて来た宏樹君は相当な物好きってことだね?」

「おっ! 結構言うな」

 宏樹は苦笑を浮かべた。

「まあ、確かに紫織の言う通りだけどね。けど……」

「『けど』、何?」

 紫織が首を傾げながら問うと、宏樹は一呼吸吐いて口を開いた。

「冬の海を見ていると、ささくれ立った気持ちも安らいでゆくように感じるんだよ。そして……、俺という存在のちっぽけさを改めて考えさせられて、些細なことで悩んでいるのが、ほんとに馬鹿らしく思えてくる」

 そこまで言うと、宏樹は自らを嘲るようにフンと鼻を鳴らした。

 それを潮に、ふたりの間には沈黙が流れる。
 宏樹は何も言わずに海を見つめ、紫織もまた、宏樹にかける言葉が何ひとつ見付からず、彼に倣うようにそれを眺める。