♪案内人

私は運命の案内人。失われた歴史、今や過去となってしまった伝説、全てを知る者。語られない歴史は無いも同然。語られる虚構は起きたことも同然。いや、歴史とは面白いものだ。
ずっと長い間この虚無とも言える場所で一人で考えていたところに、若い男が突然姿を現した。
「おや、君はどうしてこのような所に。見たところ、御霊にすらなってもいないじゃないか」
「いえ、あの、あれ?僕は」
「私は全て知っているよ。シンジュクという街を歩いていて、突然体調不良に襲われた。そして意識が朦朧とし、気づいたらこの書斎のようにも見える場所にいた。合っているね?」
「え?は、はい。でも、どうして」
「私は運命の案内人。君がここに招かれたのも、何かの縁だろう。いや、それこそ運命ではないのか、まぁいいだろう」
「一人で何を言っているんです?僕を元の世界に戻してください」
「何故だね?君は別に死んでいるわけじゃない。それに、ここには時間の流れというものが存在しない」
「そんな滅茶苦茶な」
「私は、君に失われた歴史を見てほしいと思っている」
「失われた歴史って何です?」
「言葉に表すことなど到底できない。人という生き物の愛と憎悪と美しさと憎しみと汚らわしさと尊さ、様々なものが折り重なってできたものが歴史。その混沌の中ですら、忘れ去られる、もしくは隠されてしまった出来事もあるものだ」
「それが、失われた歴史ですか?」
「そうだ。そして、そうは言いきれない。私はどうしても、悔やんでも悔やみきれない、ある種未練のような思いを抱えている。それを最初にこの書斎に来た者に晴らしてもらおうと決めていたんだ」
「そんな…とても無理ですよ。第一、あなたが誰かも分かっていないのに」
「失敬。自己紹介がまだだった様だ。私の名はグレア=コフィンズ。もう随分昔のことだが、一国の王だった身だよ」
「そんな人がどうして」
「こうでもしないと、死んでも死にきれんのだ。だから、君に頼んでいるんじゃないか」
「ちょっと待ってください。話が何も読めないんです」
「そうだろうと思うよ」
「こんな、どこにでもいるような一般人の僕を捕まえてどうしようってんですか」
「言ったじゃないか。失われた歴史を見てきてほしいと」
「そうですか」
「行ってくれるかね」
「まだ何も信じてはいませんが、僕にできることならやってみましょう。もしダメだったとしても、許してくださいよ」
「あぁ、その時は君を元の世界に戻して、私はまた運命に選ばれしものを待つのみだよ」
「そうですか、分かりました」
「感謝する。では、今から君の名は仮にグレア=コフィンズだ。私の代わりに、あの空白の歴史を見てきてもらいたい」
「失われた歴史、そんなものが本当に」
「さぁ、そろそろ君を空白の時代に送ろうか。この安楽椅子に座ってくれ」
「はい」
「では、よろしく頼んだよ」
「分かりましたよ」
その言葉を最後に、彼は目の前の安楽椅子から姿を消した。