金曜の昼。昼食休憩時間である空とみつみは、互いの席を向かい合わせにくっつけて、お弁当を食べながら談笑していた。
「ねえ、ホシゾラ。日曜日遊ばない?」
「いいけど、どこかに行くの?」
「スカっと発散したいんだよね。カラオケとかどう?」
「あ、いいね。私も発散したいと思ってたんだ」
脈絡もない誘いだったが、空にしてみれば、近頃大天狗におちょくられてばかりだったりので、カラオケで絶唱するのは気分転換になると思った。
みつみとは、普段あまり遊べないので、基本的には遊べる時には一緒に遊びたいと思っている。
日曜日は特にあやかし退治の依頼もないので、ゆっくりする時間は作れるだろう。
お弁当のなかのウインナーをひとつ食べて、久しぶりのカラオケに何を歌おうかと思いを馳せていた。
「なんかいつも誘ってもらうばかりでゴメンね、みつみ」
「なに言ってんの。社交辞令で付き合ってる関係じゃないんだし、気にしないでよ」
ニカっと気持ちのいい笑顔を浮かべるみつみは、空にとってかけがえのない友だ。
この高校入って、一番仲良くなったみつみとの出会いは、一学期の登校中に起こった事件がきっかけだ。
同じクラスではあったが、最初は二人にはまるで接点がなかった。
空は部活も入らず、自由な時間も祓い屋のことで押しつぶされてしまっていたことから、高校生になってから友人らしい友人がいなかった。
朝の登校も一人で学校に向かう。
普段は自転車を使って通学していたが、その時期は六月の雨が続く日で、電車を利用することにした。
普段利用しない電車に乗ると、同じ学校の制服を着た生徒もちらほらといる。
朝のこの時刻は通勤時間でもあり、車内はとても込み合っていた。
梅雨時の車内はじめじめとした嫌な不快感もあって、誰もがうんざりしている顔を浮かべていた。
そんな中に交じり、空は妙な雰囲気を感じ取った。
あやかしなどが持っている邪気。よこしまなる気配だ。
そちらに眼を向けると、スーツ姿の中年が、女子生徒に不必要なほどに密着しているように見えた。
痴漢だとすぐに分かった。
中年の手は、女子生徒の下半身に伸びていてモゾモゾと何やら身じろぎさせている。
空はそこに突き進むと、中年の手を掴み、引っ張り上げた。
中年はいきなり現れた空に、ぎょっとして、その手を振り払うと、閉まりかけていた扉から脱兎のごとく逃走した。
空も逃がすつもりはなく、その男のあとを追った。
空は普段から鍛錬をしていたこともあり、逃げる痴漢捕まえて見せると、すぐに駅員を呼び、そのまま男はお縄になった。
そんな騒ぎがあったため、電車は停車してダイヤが乱れて、通勤途中のサラリーマンたちはイライラとしていた。
会社に遅れてしまうではないかと不満を漏らし、痴漢に関することなんて我関せずという様子だった。
被害者の少女のことも、どうでもいいと思っていたのかもしれない。
実際、車内で痴漢されている少女がいることに気が付いていた人物もいたはずなのに、誰も彼女を救わなかったのだ。
周囲に対して無頓着になっている現代社会。
その原因も、妖怪が心を喰らっているせいだ。
人情をなくしている人々は、困っている人を救おうという気持ちが薄らいでしまうのである。
――ともあれ、空がそうして救った少女が、阪井みつみだった。
ふたりはそこから交流が始まり仲良くなった。
みつみは、空に深く感謝して、同じクラスだったこともあり、一気に仲良くなったわけだ。
「ねえねえ、ホシゾラって好きな人、いないよね?」
「な、なに急に?」
藪から棒、とはこのことだ。
みつみの突然の話題に、空はつまんでいた卵焼きを取り落としそうになってしまう。
「いやあ、ひょっとすると男子を呼べるかもしれないから」
「えっ、私とみつみだけじゃないの?」
「まだ分かんないけど、どうせなら、そんな出逢いが欲しいじゃない」
「なんだ……、ただの希望か……」
空は少しホッとした。
もし男子と一緒にカラオケに行くとなると、なんだかストレス発散どころではなくなると思ったからだ。
むしろ逆に色々と気を使いそうだ。
なんとなく、隣の席をちらりと見つめた。
そこは現在誰も座っていないが、転入生の天地の席だ。
彼は今、席を外してどこかで昼食を摂っているのだろう。
正直なところ……、空は天地のことが少しばかり気になっていた。
男子として、とても魅力的だし、よく話しかけてきてくれる。
男子とはあまり会話をしたことがなかった空にとって、天地は胸を高鳴らせる人だった。
まだ、恋と呼ぶには儚いものだが、なんとなく、いいなという感覚は持っていた。
「なに、ホシゾラ。お隣さんが気になってる?」
「べ、別に!?」
ニマニマと笑うみつみに、空は思わずリアクションを大きくしてしまった。
狗巻天地は、このクラスに転校してきてから、あっという間に大人気の男の子になった。
上級生からも目を付けられているという噂を聞いたりもした。
そういうわけで、彼は女子たちからは高根の花として敬われている。
天地を狙う女子たちの目の敵にはなりたくないし、なによりも恥ずかしい。
まだ恋を知らない空は、人を好きになる気持ちを守りたくなって、顔を赤らめた。
「ねえ、ホシゾラ。日曜日遊ばない?」
「いいけど、どこかに行くの?」
「スカっと発散したいんだよね。カラオケとかどう?」
「あ、いいね。私も発散したいと思ってたんだ」
脈絡もない誘いだったが、空にしてみれば、近頃大天狗におちょくられてばかりだったりので、カラオケで絶唱するのは気分転換になると思った。
みつみとは、普段あまり遊べないので、基本的には遊べる時には一緒に遊びたいと思っている。
日曜日は特にあやかし退治の依頼もないので、ゆっくりする時間は作れるだろう。
お弁当のなかのウインナーをひとつ食べて、久しぶりのカラオケに何を歌おうかと思いを馳せていた。
「なんかいつも誘ってもらうばかりでゴメンね、みつみ」
「なに言ってんの。社交辞令で付き合ってる関係じゃないんだし、気にしないでよ」
ニカっと気持ちのいい笑顔を浮かべるみつみは、空にとってかけがえのない友だ。
この高校入って、一番仲良くなったみつみとの出会いは、一学期の登校中に起こった事件がきっかけだ。
同じクラスではあったが、最初は二人にはまるで接点がなかった。
空は部活も入らず、自由な時間も祓い屋のことで押しつぶされてしまっていたことから、高校生になってから友人らしい友人がいなかった。
朝の登校も一人で学校に向かう。
普段は自転車を使って通学していたが、その時期は六月の雨が続く日で、電車を利用することにした。
普段利用しない電車に乗ると、同じ学校の制服を着た生徒もちらほらといる。
朝のこの時刻は通勤時間でもあり、車内はとても込み合っていた。
梅雨時の車内はじめじめとした嫌な不快感もあって、誰もがうんざりしている顔を浮かべていた。
そんな中に交じり、空は妙な雰囲気を感じ取った。
あやかしなどが持っている邪気。よこしまなる気配だ。
そちらに眼を向けると、スーツ姿の中年が、女子生徒に不必要なほどに密着しているように見えた。
痴漢だとすぐに分かった。
中年の手は、女子生徒の下半身に伸びていてモゾモゾと何やら身じろぎさせている。
空はそこに突き進むと、中年の手を掴み、引っ張り上げた。
中年はいきなり現れた空に、ぎょっとして、その手を振り払うと、閉まりかけていた扉から脱兎のごとく逃走した。
空も逃がすつもりはなく、その男のあとを追った。
空は普段から鍛錬をしていたこともあり、逃げる痴漢捕まえて見せると、すぐに駅員を呼び、そのまま男はお縄になった。
そんな騒ぎがあったため、電車は停車してダイヤが乱れて、通勤途中のサラリーマンたちはイライラとしていた。
会社に遅れてしまうではないかと不満を漏らし、痴漢に関することなんて我関せずという様子だった。
被害者の少女のことも、どうでもいいと思っていたのかもしれない。
実際、車内で痴漢されている少女がいることに気が付いていた人物もいたはずなのに、誰も彼女を救わなかったのだ。
周囲に対して無頓着になっている現代社会。
その原因も、妖怪が心を喰らっているせいだ。
人情をなくしている人々は、困っている人を救おうという気持ちが薄らいでしまうのである。
――ともあれ、空がそうして救った少女が、阪井みつみだった。
ふたりはそこから交流が始まり仲良くなった。
みつみは、空に深く感謝して、同じクラスだったこともあり、一気に仲良くなったわけだ。
「ねえねえ、ホシゾラって好きな人、いないよね?」
「な、なに急に?」
藪から棒、とはこのことだ。
みつみの突然の話題に、空はつまんでいた卵焼きを取り落としそうになってしまう。
「いやあ、ひょっとすると男子を呼べるかもしれないから」
「えっ、私とみつみだけじゃないの?」
「まだ分かんないけど、どうせなら、そんな出逢いが欲しいじゃない」
「なんだ……、ただの希望か……」
空は少しホッとした。
もし男子と一緒にカラオケに行くとなると、なんだかストレス発散どころではなくなると思ったからだ。
むしろ逆に色々と気を使いそうだ。
なんとなく、隣の席をちらりと見つめた。
そこは現在誰も座っていないが、転入生の天地の席だ。
彼は今、席を外してどこかで昼食を摂っているのだろう。
正直なところ……、空は天地のことが少しばかり気になっていた。
男子として、とても魅力的だし、よく話しかけてきてくれる。
男子とはあまり会話をしたことがなかった空にとって、天地は胸を高鳴らせる人だった。
まだ、恋と呼ぶには儚いものだが、なんとなく、いいなという感覚は持っていた。
「なに、ホシゾラ。お隣さんが気になってる?」
「べ、別に!?」
ニマニマと笑うみつみに、空は思わずリアクションを大きくしてしまった。
狗巻天地は、このクラスに転校してきてから、あっという間に大人気の男の子になった。
上級生からも目を付けられているという噂を聞いたりもした。
そういうわけで、彼は女子たちからは高根の花として敬われている。
天地を狙う女子たちの目の敵にはなりたくないし、なによりも恥ずかしい。
まだ恋を知らない空は、人を好きになる気持ちを守りたくなって、顔を赤らめた。