夏休みが終わり、二学期が始まる九月一日。
 空のクラスに転校生がやってくると教室中で話題になっていた。

「ねえねえ、ホシゾラ! 転校生、どんな人かな?」
 空の席にやってきて、ハツラツとした声を投げかけてきたのは友人の阪井(さかい)みつみだ。
 高校生になって、この教室で知り合った仲ではあるが、随分と仲良くなっていた。
 ちなみに彼女が呼ぶ、ホシゾラというのは、空のあだ名だ。
 姓が星、名が空。そのあまりに短い名前は、漢字で書くとたった二文字。夜に瞬く星の空と見紛うフルネーム。
 空、と名前呼びをしたほうが文字数的に楽なはずなのに、みつみは敢えて空を『ホシゾラ』と呼ぶ。
 あだ名を付けるのは仲良くなるためだと、みつみは言うのだが、空は彼女に対して「みつみ」と呼び捨てで呼ぶことにしている。

「特別変な人でなければ、どんな人でもいいけど」
「アタシの仕入れた情報によると、かっこいい男子だったらしいよ」
「ふうん」

 みつみは随分盛り上がっている様子だったが、新入生がイケメンだからといって、空は浮かれたりはしない。
 人間と言うのは結局のところ、中身が一番大事だと思っているからだ。

「そっけないなぁ。恋愛したいって夏休みに話してたくせに」

 みつみは呆れたような声を出して、空に肩を竦ませる。

「それは、高校一年の夏休みが、全然青春できなかったからで……」
 空の十六歳の夏休みは、ほとんどあやかし退治の仕事で埋め尽くされた。
 花の女子高生になったというのに、これと言って胸が躍るような出会いには恵まれなかった。
 みつみも、恋人はいないようで、二人は夏休み中、一緒になって遊んでは、恋愛してみたいな、なんてことで盛り上がったのは事実だ。

「ホシゾラ、ずっと神社のお仕事に追われてたもんね?」
「う……。しょうがないよ……。そういう星のもとに生まれて来たんだし」
「星家だけにねー♪」

 カラカラと笑うみつみは、気さくな態度で話していて気持ちがいい。
 恋人には巡り会えていないが、いい友人はできた。それだけでも空の高校生活は十分恵まれていたと言ってもいいだろう。

「席について下さい、今日は転校生を紹介します」

 教室に、担任の先生が入ってくると共に、キビキビと生徒を席に座らせた。
 教壇の前でチョークを手に取り、黒板に転校生の名前をカツカツと小気味いい音を立てて書いていく。

 白い文字で、狗巻(いぬまき)天地(てんち)と書かれたその名前は、なんだかとても格好良く見えた。

「狗巻さん、入ってください」

 担任の声に反応して、教室のドアが開く。
 クラスメートの視線はそこに一斉に注がれた。
 空もなんとなく、転校生の男子の顔を眺めた。

 姿勢のいい学生服姿の彼は、しなやかな動きで教室に入ってくる。
 祓い屋をしている空にとって、相手の所作だけである程度、その人物がどれほど運動に長けているのかは把握できるが、この転校生は身のこなしに余裕と自信を持っていることが分かった。

(あ……、ほんとにかっこいい男の子だ)

 空は彼の顔を見て、素直にそう思った。
 狗巻天地という少年は、夏服の姿で、スレンダーな肉体をしていた。
 顔立ちは、優しげな表情を浮かべ、爽やかな好青年という印象を最初に抱いた。
 短くまとめた黒い髪は、スポーツをしているときに似合うことだろう。
 細く整えた眉と、どこか愛らしさがある目元は、少年らしさがあふれ出ている。

「きゃっ。ほんとにかっこいいじゃん!」
「アイドルみたい……!」

 クラスの女子が、仲間内でミーハーな反応をしているのが聞こえた。
 だが、その言葉は間違いなく頷ける。
 狗巻天地は、誰がどう見ても、魅力的な容貌をしていた。

「狗巻天地です。よろしくお願いします」

 にっこりと笑みを浮かべて礼をした天地に、教室内で拍手が巻き起こる。
 空も手を叩いて転入生を歓迎した。

「……?」

 ふと、お辞儀から顔を上げた天地が、空を見つめていた。
 どこかで会ったことがあるのだろうか、と訝しんだが、こんなに爽やかな男の子に出逢ったことはない。

「では、これから席替えをします。狗巻さんも席替えのくじ引きを引いてね」
「はい」

 二学期から席が変わる。そのためのくじ引きをすることになるようだが、教室内の女子は早くも天地の傍の席を狙っている様子だった。
 ――そして、二学期の最初の登校日、空の新しい席が決まった。
 空は一番後ろの、隅の席だった。
 そして、正面の席にはみつみが座った。

「あっ、みつみが前なんだ。ラッキーだね」
「よろしくぅ♪」

 仲のいい友人が傍にいるのはなんだか嬉しい。
 二学期もいい学生生活が送れる気がして、空は気持ちが楽になった。

「初めまして、星さん」
「あっ……、えっと狗巻くん」

 そして……、例の転校生が空の右隣りに腰かけた。
 まさかのお隣さんになったのが、転校生のイケメンだったので、空は少し目を丸くしてしまった。
 天地は白い歯を見せて笑顔を向けていた。人懐こそうなその表情は、思わず見惚れてしまいそうになるほど美麗だった。

「よ、よろしくね」
 見た目は二の次、のような考えをしていた空ではあったが、こうして隣にかっこいい男子が座ると、少しばかり頬が染まった。
 なんだか、彼のような人物の隣にいると、自分もきちんとしていないといけないような気がして、緊張が走った。

「狗巻くん、アタシ阪井みつみ。ホシゾラの友達だよ、よろしくね」
「星さんの、友達……? そっか、よろしく、阪井さん」
 みつみが、ひらひらと手を振って挨拶すると、天地は合わせる様に手を振って挨拶をした。
 そして、また空に顔を向けてくる。

「星さん。オレ、この学校のことを何も知らないから、色々と教えてくれないかな?」
「え……、いいけど……。私でいいの?」

 隣の席になったきっかけもあるのだろうが、天地が空にそんなお願いをして来たのが、びっくりした。

「星さんがいい」
「そ、そう。じゃあ、後で色々と案内してあげるね」

 高校生になって、一学期中、空はあまり男子と仲良くなることはなかった。
 男子は男子で仲良くなって、女子は女子同士でまとまるものだから、接点があまりなかったのだ。
 てっきり、この転入生も適当な男子の輪に入って、教室に馴染んでいくものだと思っていたが、彼のファーストコンタクトの相手は空だった。

 空は、内心、妙な胸の高鳴りを鎮めようと必死になっていた。
 ドキン、ドキンと心臓が早鐘を打っているのは、意外な申し出を受けたことに驚いているためだろうと思った。

「ねえ、オレあんまり人をさん付けで呼ぶの、慣れないんだ。呼び捨てにしちゃっていいかな?」
「えっ、うん。いいよ?」
「じゃあ、星。改めてよろしくな」

 随分と人との距離を簡単に近づけてくる男子だと思った。
 こんな男子は初めて出会ったかもしれない。
 彼がこれまで過ごして来た、転校前の学校だとこういうのが普通だったのだろうか?
 みつみも、空のことをあだ名を付けて呼びたいと言っていたし、人を呼ぶときの声かけというのは、人それぞれ個性があるものなのかもしれない。

「で、でも、私は狗巻くんって呼ぶけど」
「なんでもいいよ。星が呼びやすい名前で、いくらでも呼んでくれ」

 爽やかな彼だからこそできる、自然な笑顔に、空は初めて会話した男子であるはずなのに、以前どこかで出逢ったような錯覚に陥る。
 一つ間違うと馴れ馴れしいとも思える彼の態度だったが、柔和な笑顔がそんなものを微塵も感じさせない。
 人を虜にする天性の素質でも持っているかのようだ。

「……ちょっとホシゾラ」
「な、なによみつみ」

 前の席のみつみが、空に耳打ちをして顔を寄せて来た。
 空は怪訝な顔をして、耳を貸す。

「なんか、いい感じじゃない……?」
「なっ、なに言ってるのよ……!」

 みつみの囁きに、空は耳たぶを真っ赤にしてしまった。
 出逢っていきなり恋に落ちるなんて、少女漫画じゃあるまいし、自分はそんな単純な女の子ではないと思っている。
 空は、ニンマリとしているみつみを否定して、窓の向こうに視線を向けた。

 始業式が終わり、今日は授業もなく、午前中で下校になる。
 部活に入っていない空は、本来ならそのまま家に帰るところだった。

「えっと……、それじゃあ狗巻くん。学校のこと、案内しようか?」
「助かるよ、星」
「部活は……するの?」
「いや、部活はしない。色々と忙しいからね」

 天地は屈託なくそう言うと、席から立ち上がった。

「星は部活はしてないんだろ?」
「あ、うん……。よく分かったね」
「あ、いや。カンだよ。してないのかな、と想像しただけ」

 天地は少し慌てたような顔をして、鼻の頭をかいた。
 そんな彼の表情に、少しだけ空の気も緩んだ。
 イケメンで爽やかなアイドル顔負け男子だと思ったが、人間味あるその反応は、年相応の少年らしさがあったからだ。

「でも、狗巻くん。運動できそうなのに」
「そう見えるか?」
「まぁね。私、ちょっぴり武道を嗜んでるから」

 武道というのは方便だ。祓い屋としての修行ではあるが、それを馬鹿正直には伝えられない。

 天地の半そでから覗く腕の筋肉は、とてもにしなやかで、筋骨隆々ではないが、何かしらの運動に長けていることがうかがえる。
 それに今日一日、彼の動きを見ていたが、その所作ひとつひとつに無駄がない。
 何かの運動をしている人間だと、空の目は評価していた。

「星が部活をするんなら、オレもそこに入るけど」
「あはは、だったらずっと帰宅部だよ」

 空は祓い屋の仕事があるので、部活をしている余裕はない。
 冗談のように言った天地の言葉に対し、空も笑顔で応える。

「……っ」

 そんな空の笑顔を見た天地は、途端に、く、と表情を固めた。

「ど、どうしたの? 私の顔になにかついてた?」
「あ、いや……、ゴメン。なんでもない。ちょ、ちょっとトイレに行ってきていいかな」
「あ、うん……。じゃあ、ここで待ってるから」

 天地は恥ずかしそうに顔を赤くして、教室から出ていった。
 空はそんな彼を見送り、今日から始まる二学期の高校生活が、なんだか色づき始めたように思えていた――。