急に名前を呼ばれ、状況を理解できずに質問した。

「誰、ですか?」

 息を飲んだのが分かった。
 切れ長の涼しげな目元に薄い唇。
 その唇が微かに動いた。

 まるで「覚えてないの?」と言わんばかりの口元。

 知り合い、のわけがない。
 ここの土地で知っているのは、女の子二人だけ。
 何より同い年の子。

「俺? 俺は、渡辺瑛太」

「え」

 聞き覚えのある名前。

 けれど、そんなことない。
 そんなわけない。

 その名前を思い出すには、まずこの場所の説明をしなければいけない。

 ここみたいな薄暗い誰も近寄らないような場所は、ともすれば子どもの秘密基地になる。
 類を漏れず、私たちの秘密基地だった。

 秘密基地では、たわいもない話をした。
 子どもの頃は、全てが大切で、殆どが秘密で、そして特別だった。

 その中で出た名前。
 将来の恋人は、美樹の相手は『わたなべえいた』
 そんなたわいもない想像の世界。

「ウソウソ。驚かせてごめん。俺、琥太郎」

 にっこり笑う琥太郎と名乗ったその人は、口元に八重歯がのぞいた。
 思っていたよりも、ずっと少年のように思えた。