「今日、なんで来たんだ。」
「…おすそ分け…。」
「それだけじゃないだろ。」

 百合はさらに目線を下げる。

「航さんのことを、知るチャンスだと…。どんな所で、どんな人がいるのか…。どんな所に航さんはいて、どんなものを毎日見てるのか…。でも…、ごめんなさい、出しゃばり過ぎました。もう勝手なことはしません。ごめんなさい。」

 それ以上でも、それ以下でもない、百合の謝罪の言葉だった。弁解など何もない。この時も、百合は大人しく航を待っていた。

「そうならそう言えよ。」
「ごめんなさい。」
「勝手なことすんな。」
「はい、もうしません。」
「それはそれでもういい。それより…オレひとり取り残されたみたいで、すげぇ…悔しい…。なんであんなことすんだよ…。」

 百合は航の気持ちがわからなくなってくる。航は頭を抱えた。何かを考えている。百合は思い切って聞いてみた。

「…航さん…今、何を考えてるんですか…?」
「勝手にあんなやつらと会うなよ…。しかもおすそ分けなんて…。」

 考える百合。しかしよくわからない。航に答えを求める。

「航さん。それは何ですか?やきもちですか?」

 航は横を向いた。その航は素直じゃない。答えはそれだと思った百合。

「やきもち焼かれるのって、こんな気持ちなんですね。初めて知りました。」
「そんなんじゃねーよ!」

 百合は小さく笑う。

「あ、こっち向きました。航さん、素直じゃないです。」
「だから…!」
「航さん。私、仲直りがしたいです。そうじゃないと、航さんとのバレンタインが始められません。私どうしたらいいですか?」

 困った顔のふたり。突然、百合は航にキスをした。小さなキス。

「言葉が出ない時のキスです。…今から用意するので航さん待っててください。」

 立ち上がろうとする百合。航はまた百合を呼んだ。

「百合。」
「何ですか?」
「悪かったな…。」
「いえ…。」

 嬉しい顔でキッチンへ向かう百合。情けない恥ずかしい顔で頭を抱える航。しばらくすると、百合は白い丸い皿と紅茶を持って来た。

「どうぞ、航さん。」
「…なんだ?ケーキか?」
「フォンダンショコラです。真ん中からフォークをさしてみてください。」

 航は百合の言う通り、大胆にフォークをさした。中からチョコレートソースが溶け出してくる。

「すげぇ…うまそう…。」
「添えてあるクリームを付けてもおいしいです。召し上がれ、です。」

 ふたりのバレンタインが始まった。

「何て言ったんだ?工場で。名前だけじゃないだろ。」
「門を入ったらすぐに社長とお会いできて、よかったです。ずっと案内してくれました。」
「何か余計なこと言ってなかったか?」
「私の代わりに私のこと、紹介してくれました。『このお嬢ちゃんは航の彼女だそうだ。ここに来るお嬢ちゃんはみんな可愛い子だな。お前らも頑張れよ。』って。」
「そんなこと言ったのか…。」
「『みんな可愛い子』…。そんなに来るんですか??可愛い子…。」
「誰も来ねーよ、あんなむさくるしい所。あんたとカナコ先輩だけだ。」
「加波子先輩も行ったことあるんですか?」
「ある。いつも必死だったよ。」
「そっか…亮さんもいた場所…。やっぱり今日行ってよかった…。」

 百合は微笑みながら紅茶を飲む。百合の言葉、亮と加波子への想い、それと微笑み、航は嬉しかった。航は紅茶を飲み干す。

「ごちそうさま。すげーうまかった。また作って欲しい。」

 もじもじする百合。

「どうした?」
「もうひとつ、プレゼントがあるんです。」
「もういらねーよ。充分だ。ケーキも食ったし、さっき怒鳴って…。」
「じゃあ、一生あげません。」
「何だよ、そんなすげーのか?」
「たぶん…。」

 百合は立ち上がり、服をゆっくり脱ぎ始める。下着姿になった百合。白いレースが百合の胸を支え、ちらっと航に背を向けると、百合がはいていたのはTバックだった。体のラインも肌もきれいな、真っ白の百合。普段は控え目な百合の大胆なランジェリー姿。固まる航。全ての思考がぶっ飛ぶ。

「すごく…ないですか…?」

 航は勢いよく百合をベッドに押し倒す。口から伝わるチョコレート。

「航さん…チョコの味…。」