百合は言った、航の素肌を感じながら。

「あ…、航さんと友江先輩が知り合ったのは…。」
「そうだ。そういうことだ。」

 百合は思い出す。結婚式に欠席する人もいるものかと思った、空席の2席。

「もしかして…友江先輩の披露宴…。航さんの隣の空席…。」
「よく覚えてんな。そうだ、亮とカナコ先輩の席だ。友江さんが用意してくれたんだよ。」

 顔を布団にうずめる、涙顔の百合。

「どうした。」
「亮さんと加波子先輩のことがあったから、私は航さんと出会えた…。だったら私なんか放っておいて、2人が結ばれれば…。」
「百合。」
「…はい…。」
「それ以上言うな。あいつらが悲しむだけだ。」
「でも航さん…。」
「あいつらは命を全うしたんだ。オレたちは生きてる。だから出会った。オレたちも、そばにいよう…。」

 航は百合の髪と肩を抱く。百合は余計な言葉は言わなかった。

「はい…。」

 素肌で感じる航の素肌、鼓動、体温、航の想い。百合は生きている本当の意味を理解した。

 後輩とその恋人、航と百合のふたりの願い事を、こそこそ盗み聞きした夜。

 翌朝。ふたりは、いつものようにじゃれあっていた。

「航さん、似合います。その枕。」
「ふざけんなよ、似合わねーよ…。でもこれ気持ちいいんだよな、柔らかさも肌触りも…。」
「よかった…それ選んで…。」

 航は百合をじっと見る。

「交換しようぜ。」

 ふたりは枕を交換し、航は再び百合をじっと見る。百合は聞いた。

「似合いますか?」

 航はじっと見たままの目で答える。

「だめだ。やっぱり交換だ。」
「どうしてですか?似合いませんか?」
「甘い。」
「甘い??それじゃ答えになってないです。」
「甘い女が甘い枕、エロい。」

 百合は大人しく枕を交換した。

「甘い…航さん、甘いものは好きですか?」
「あんたの体か?」
「ち…がいます…。食べ物です…。」
「あれば食う。何でだよ。」
「もうすぐバレンタインです。」
「あー…いいや。あんたで充分。」
「航さん!」
「冗談だよ。何でもいい。あんたからなら。」

 固まる百合。ぶつぶつ言い始める。

「んーどうしよう。ケーキ?生チョコ?他にないかなぁ…。」

 航は笑う。

「そのひとり言。」
「え?」
「いつもよく言ってるのか?」
「え?そんなに言ってますか?」
「あぁ、あんたらしいよ。それが百合だ。」

 百合から少し元気がなくなる。

「よく言ってるのなら…、きっと自由になったからでしょうね。言える場所ができたから…。」

 しかし航をちらっと見て、笑いながら百合は言った。

「今は話し相手がいます。」
「誰だよ。」

 百合はテーブルの中央に置かれた箱を指差す。

「は?!あんなのに話しかけてどーすんだよ!」
「でもいつも何も言ってくれないんです。」
「当たり前だろ…。あんなもんに話しかけるならオレに話せよ…。」
「だめです。」

 百合はぷいっとする。

「オレなら何でも言えるぞ?」
「だってあの箱には航さんのことを話しかけてるのに、航さん本人には話せません。」
「オレのどんな話してんだよ…。」
「航さんのクリスマスプレゼント、何がいいかなぁ?とか。です。」
「あのなぁ…。」
「航さん?」
「何だよ…。」

 百合は起き上がる。

「部屋が賑やかになって、着る服も鮮やかになって、話し相手もできて。私、楽しいです。航さんのおかげです。」

 楽しそうに笑う百合。航も起き上がり、同じように笑った。

「ありがとう、航さん。」

 キスをするふたり。航はその続きをしようとした。

「あ!思い出した!」
「何だよ、そんな元気に。」
「友江先輩の披露宴。航さん、女の人に声掛けられてました…。」
「そんなの覚えてねーよ…。どうだっていいじゃねーか…。」

 ムスっと不機嫌な顔をする百合。とても愛らしく感じた航。航はぎゅっと百合を抱きしめる。

「百合。」
「はい。」
「好き。」
「甘えたってだめです。」
「食べたい。」
「いつも食べられてます。」
「何回でも食べたい。」
「あと何回食べたいんですか?」
「あと何回食べていいんだ?」

 百合がちらっと見た航の目には艶があった。その艶に弱い百合。体の力が抜け、心が溶ける。

「航さん、ずるい…その目…。」

 百合の体が自然とベッドに倒れこむ。

「答えてくれないのか?」
「何回でも…召し上がれ…です…。」

 艶に溶けるバレンタイン前。