日は進み、大晦日を迎える。その年、最後の日をふたりで過ごす。百合の部屋。テーブルにはガスコンロと、ふたり用の土鍋。中には、ダシの染みたうどん。熱いうどんを冷ましながら、仲良く食べるふたり。

「うめー…。」
「おいしー…。」
「やっぱりシメはうどんだよなー。」
「航さん。今日、大晦日です。どうしてシメがうどんのお鍋なんですか?」
「食いたいから。」
「年越しそばは食べないんですか?」
「いらない。鍋の次は百合だから。」

 黙ってうどんを食べ始める百合。しかしふと思いついたことを冗談で言ってみる。

「じゃあ航さん。年が明けた瞬間、キスしてください。」
「それじゃ地味じゃねーか?どうせならキスじゃなくてセック…。」
「航さん!冗談です!」

 年越し鍋を食べ、ふたりは新年を迎える準備をする。テーブルに缶ビールが2本。ふたりはベッドに寄りかかる。百合がさらっと言い出した。

「今年は…色んなことがありました…。…普通の人に、なれた気がします…。」

 航は百合の言葉に疑問を抱く。

「普通って何だよ。」
「え?」
「普通の人って何だよ。」
「まともな…人…。」
「普通もまともも、誰が決めたんだよ。誰か決めたのか?決まりでもあんのかよ。」
「それは…。」

 何も答えられない百合はうつむいてしまう。

「顔を上げろ。降谷百合。」

 百合は恐る恐るゆっくり顔を上げ、そしてゆっくり航を見た。

「あんたはあんただ。ひとりしかいない。オレもオレだ。そうだろ?」
「はい…。」
「もし普通もまとももあるとしても、百合は百合だ。その百合がオレは好きなんだ。わかるか?」
「はい…。」
「それを忘れんな。」
「航さん…?」
「なんだ?」
「私今、何て言ったらいいですか…?」
「…思ったこと、言ってみろ。」

 百合の目には涙が浮かんでいた。弱々しい言葉がひらひらこぼれる。

「好き、大好き」
「ずっと一緒にいたい、いてほしい」
「会えてよかった」
「好きになってよかった」
「ずっと航さんがいい」
「航さんが必要…」

 涙がどんどん溢れ出す百合。

「それから…、それから…。」
「もういい。」
「もっと…言いたいこと…。」
「オレも同じこと思ってる。全部。だからもういい。」

 百合は体を航に向ける。もどかしい気持ちを伝えようと、航に言葉を投げる。こぼれる涙と一緒に。

「いつも言えないの、航さんに。いつもうまく言えないの。だからきっと私の気持ち、全部伝わってないの。すごく好きなのに、伝わってないの。航さんのこと、すごく好きなのに。伝わらないの、航さんに…。」

 航は百合を抱きしめた。航の目は、切ない目。

「航さんに…。」
「少し黙れ…。」

 航に向かって何かを叫びたい百合。しかし航のぬくもりが百合を包み、やさしさが百合を落ち着かせる。百合を抱きしめながら航は言った。

「オレも同じだ。あんたに、うまく愛情表現ができてない。自分でわかってんのに…。それなのにあんたは、オレの前で笑って泣いて…。でも…。」
「でも…?」
「オレはあんたが思ってる以上に、あんたに惚れてる。それだけは忘れないでくれ。頼む。」

 それを聞いた百合は驚き、目を大きくする。涙が止まり、百合にときめきと弾む心。航は百合の肩を掴む。目と目を合わせる。

「これから、言葉が出ない時はキスをしよう。な?」

 百合は当たり前かのような笑顔と返事。

「はい!」

 ふたりは笑顔で抱き合う。そして何度もキスをした。

「あ!今、何時…?」

 百合はスマホを見る。

「…あと少し…。航さん、カウントダウンですよ?」
「そんなもんいーよ。」
「航さん!…5、4、3、2、1…。」

 次の瞬間。航は百合にキスをした。冗談で言った、約束のキス。驚く百合。

「おめでとう。」
「おめでとう…ございます…。」
「今年もよろしく。」
「はい…お願いします…。」

 納得のいかない顔をする航。

「やっぱりキスは地味だ。派手なことをしよう。正月だし。」
「派手?あ、じゃあ乾杯しましょ?ビールで。」
「ビールは後だ。」
「え?でも、ぬるくなっちゃいます。」
「言っただろ、女抱いた後のほうが酒はうまい。」