「寒くないか?しばらく外にいたから冷えただろ。」
「少し冷えました。」
「風呂入ろう。脱げ。」
「え?」
「露天風呂だよ。テラスにあったの、昼間見なかったのか?」

 百合は急いで向かうテラス。ウッドチェアの隣に、檜でできた小さな露天風呂があった。

「ここに、ふたりで…?」

 航はゆったり湯に浸かり、百合は隅で体を小さくさせていた。

「おい、何やってんだよ。こっち来い。」

 恥ずかしい百合はゆっくり航に近づく。

「温泉浸かりながら星空見るなんて贅沢だな。」

 航の隣に移動した百合も星空を眺める。

「…きれい…。」

 航が話し出す。

「さっきの話は隠してた訳でも何でもない。隠すようなことでもない。」
「はい…。」
「…何も知らないやつに話すのは、初めてだ…。…また…話したくなったら聞いてくれるか?」
「もちろんです。航さんの大切な人のこと、知りたいです。」

 百合は笑顔で答えた。航は百合に抱きつく。湯しぶきが飛ぶ。どきっとする百合。

「あーなんかすげー安心感。あんたは?」
「わ、私は、緊張感…。」
「何でだよ。」
「こ、こんな状況で…。」
「じゃあ後で安心させてやるよ。」
「え?」

 星は絶えることなく瞬く。ふたりはずっと見ていた。百合は小さな星が流れるのを見る。

「あ!流れ星!お願い事しなくちゃ!」
「あんたガキかよ…。」
「あ…でも何お願いしよう…。」
「何お願いするんだ?」
「航さんは何かお願い事ありますか?」
「ある。」
「何ですか?」
「あんたを、百合を、守れますように。」

 航は満天の星空に向かって願った。嬉しさと湯の熱さ。ぽーっとする百合は航に見惚れる。

「決まったか?お願い事。」
「航さんを守れるくらい…強くなれますように…。」
「ありがたいお願い事だ。」
「私のほうが…。ありがとう航さん…。」

 航は百合の顔にパシャっとお湯をかける。

「何するんですか!」
「ぼーっとしてるから。」
「してません!お願い事考えてただけです!」

 百合も航にお湯をかけた。加減がわからない百合は航の髪も濡らしてしまう。

「何すんだよ!こいつ…。」
「航さんどこ触ってるんですか!くすぐったいです!」

 じゃれあいの露天風呂。

「きれいな星に、きれいな女。酒がなくても酔いそうだ。」
「航さん、お酒飲みたいんですか?私持ってきます。確か日本酒があったはず…。」

 航は百合の腕をぐいっと引き寄せる。

「もう酔ってる…。」

 ふたりの唇が重なった時、ふたつの小さな星が流れた。願い事は言えなかった。

「航さん…私のぼせそうです…。」

 部屋に入るふたり。同じ布団に入り、温泉に浸かった肌と肌を合わせた。

「あんた、体いつもよりあったかい。」
「航さんもですよ?」
「熱でもあるんじゃねーか?」
「温泉に入って、体が暖まったんじゃないですか?大丈夫です。」

 百合は笑う。それをじっと航は見た。

「何ですか?航さん。」
「笑うのが当たり前になったな。堂々と泣くのも。初めはビビってただけだったのに…。笑わないで、声出さないで泣いて。今までずっとそう生きてきたのか?」

 百合は少しだけ困った顔。

「悪い、こんな話したくねぇよな。悪かった。」

 航を見上げる百合。

「いえ、大丈夫です。私は今まで、とにかく目立たないようにしてました。それでよかったんです、人が怖かったので。友達と言える友達もいなくて、社会に出てからも、社内で誰かと仲良くなる必要もないって知って、仕事の話だけをして。私はそれでよかったんです。」
「でも家出てあんな静かなとこ住んで、ほんとに寂しくなかったのか?」
「何も、望んでませんでした。」

 百合は淡々と話をした。航は百合にも聞こえないくらいの小さな声。

「何だよそれ…ふざけんなよ…。」

 そう航は言った後、きつく百合を抱きしめた。

「これからもずっと笑え。泣け。でも泣くのはオレの前だけで泣け。いいな?」
「航さん…。」
「今までの人生を取り返すんだ。」
「取り返す…?」
「だって悔しいだろ。オレが悔しいんだよ…。」
「でも私は、航さんがいてくれたらそれだけで…。取り返すことも、何もいらないです…。」
「そんなこと言うなよ…。」

 航は百合をきつくきつく抱きしめる。熱い航を百合は感じた。

「航さん…?」
「何だよ…。」
「ありがとう…。」
「オレはまだ何もしてねぇよ…。」

 航に抱きしめられている百合。百合は体を航の肌にこする。熱を感じてもらえるように。

「航さん…?」
「なんだ…?」
「好きです…。」
「…わかってるよ…。」

 いつもより熱いキス。