「ん…。」

 翌朝、百合は胸苦しさで目覚める。航の腕だった。航の腕は百合の首下、百合の肩を抱いていた。航はピンク色の枕。うつ伏せ気味に、気持ちよさそうに眠っていた。百合はそっと航の腕に触れる。航はぱちっと目を開ける。

「おはよ。」
「お、おはよう、ございます…。」
「何ビビってんだよ。」
「び、ビビってません…。」
「恥ずかしいんだろ。」

 百合は布団で少し顔を隠す。その百合は気づく。ずっと航を見てきた百合。航の首元、いつもと違う。

「航さん、ネックレスなんて、してましたっけ…。」
「昨日した。昨日の夜。」
「昨日?」
「あんたもしてるよ。」
「え?私?私は…。」

 百合は半信半疑、笑いながら自分の首元を触る。

「あれ?ある…。あれ??」
「あんたが寝てる時した。よく寝てたから全然気づかれなかった。それだけ安心したのか?それともそんなに気持ちよかったか?」
「航さん…!」

 確かにある、ネックレス。百合の指が触れている。

「鏡…。」

 百合は起き上がる。

「その必要ねーよ。」
「え?」
「オレのと同じだ。全部同じ。チェーンの長さも太さも。」

 百合は航のネックレスに近づく。そっと触れてみる。ゴールドのネックレス。細めのチェーン。トップは小さな太陽。その太陽は大きく光を放っていた。

「これが、私にも…?」
「他にも色んなのあったけど、やっぱりあんたには、太陽みたいに明るく笑っていてほしいからな。」
「航さん…。」
「男物の店だけど、これなら女もつけられるって店員が言ってた。どうせならお揃いがいい。」

 百合はもうひとつ気づく。自分の右手、薬指。大きく太いWのアルファベット。百合は手のひら、手の甲を交互に見る。シルバーのリングだった。

「あれ?リング?これも航さん??」
「そーだ。今頃気づいたか。」
「W…W?」
「バカ、航のWだ。」
「あ…。」

 百合は目を見開き、リングを見る。見惚れる。

「W…わたる…W…わたる…。」

 百合がどんどん笑顔になる。

「航さん?」
「ん?」
「嬉しいです。ありがとうございます。」

 航も起き上がり、百合の肩をぐいっと押す。じっと見る。

「やっぱりあんたは色が白いし細いし、もっと女の子らしくてキラキラしたもんのほうが…。」
「嫌です!そんなのどこにでもあります!私はこれがいいです!航さんが選んでくれた、航さんと同じ、これがいいです!」

 笑顔になる航。百合の頭をなでる。

「ありがとな。」

 百合をなでた、その航の手。

「あれ?航さんもリング?」

 百合は航の手をとる。右手の薬指。

「Y…Y…ゆり…?」
「そーだ。」

 元気だった百合が、リングを見ながら少しうつむいた。

「今まで、アクセサリーって付けたことなかったんです。初めてです…。これは宝物です…。」

 百合は顔を上げる。微笑んだ。

「だから航さん、ありがとう…。」

 ふたりは笑顔でキスをしようとした、その時。

「あ!大事なもの忘れてる!」

 百合は自分のバッグを手繰り寄せる。作った鍵を出した。百合の部屋の合鍵。

「はい、航さん。」

 航に鍵を差し出す百合。航は丁寧に受け取った。それをしばらく見ていた航は言う。

「なんでもっと早く、こうしなかったんだ…。そうすれば、もっと早くあんたを…。」

 百合は航の言葉を止めるようにキスをした。そのキスの意味がわかる航。

「ありがとな。」

 ふたりは改めて、笑顔でキスをした。

「でも、こんなプレゼント…。どうして?誕生日でもないし、記念日でもないし…。」
「ふと思い付いて買いに行ったんだ。何か考えてた訳じゃねぇ。」
「んー。」
「じゃあ、処女卒業記念でいいじゃねーか。」
「しょじょ…。」
「だってそうだろ?」
「私は…処女なんかじゃ…。」

 航は百合の腕を強く掴む。

「じゃあ、あんたの、セックスだと認めるセックスは何だ。いつ誰とした。」
「認める…セッ…クス…。」
「そうだよ。」
「セッ…クス…、セックス…。」
「そんな何度も言うな。」
「セックス…。」
「だから何度も…。」
「私は…。」

 百合は大きく息を吸う。そしてはっきり言った。

「私は、昨日の夜、航さんとセックスしました。」

 強く掴んでいた百合の腕を、航は緩める。そして百合の手をそっと握った。

「よく言えたな。」
「航さんの、おかげです。航さんのおかげで、処女を卒業できました。」
「そーだ。あんたの処女を奪ったのはオレだ。」
「はい。航さんです。航さんに奪われました。」

 航は百合をふわっと押し倒す。

「続きをしてもいいか?」
「いつまで続くんですか?」
「んー、あんたが溶けるまで。」
「溶けたら消えちゃいます。」
「じゃあ一緒に溶けるまで。」

 百合が少女から女性になった朝。