百合の体調、心情、そしてふたりの無邪気な笑顔が戻った頃。外は薄暗くなっていた。

「航さん。」
「ん?どうした?」
「お腹空きました。」
「何が食いたい。」
「焼き鳥。」
「焼き鳥?」
「あのお店の焼き鳥です。」
「待ってろ、買ってくる。」
「行きます、お店。」
「行きますって…大丈夫か?行けるか…?」
「外の空気、吸いたい。ずっと、こもってたから…。」

 航は百合に応える。百合の希望を無視しない訳はない。

「支度しろ。夜は冷えるから上着持ってこい。」

 玄関に向かい、スニーカーを履き座って待つ航。百合に背を向ける。どこまでもやさしい航。やはり航は何も変わっていなかった。どこまでもやさしい航に、どこまでも付いていこうと百合は思った。

 ふたりはゆっくり歩く。手をつなぐのも久しぶりなふたり。お互い、ぬくもりを感じ、心が和らいだ。

「今日は酒はやめておこう。」

 焼き鳥とウーロン茶が運ばれてきた。ふたり焼き鳥を食べる。

「やっぱりうまいな。」

 航がふと百合を見ると、一口食べて手を止めていた。

「どうした、具合悪くなったか?」
「いえ、大丈夫です…。」

 それ以上、何も言わない航。何も言わなくても、心配してくれていると百合にはわかっていた。

「また、航さんと、ここに…。」

 百合は下を向く。航は百合の目から涙がひとつ、真っ直ぐ落ちるのを見た。

「泣くな。泣きながら食うと飯がまずくなるぞ。」
「…はい…。」

 顔を上げる百合。

「じゃあ航さんは…、泣きながらご飯、食べたことあるんですか?」

 航は百合をじっと見る。どきっとする百合。涙が止まる。

「聞いたことがあるだけだ。いいから食え。」

 冷たくあしらう航。

「素直じゃないです、航さん。」

 百合は少し笑った。すると航は百合の焼き鳥を一本盗む。

「あ!それは私のです!」
「早く食わねぇほうが悪い。」
「ひどい!航さん!」

 ふたりはじゃれ合った。笑い合いながら食べる焼き鳥は、おいしさが増す。それも変わらなかった。

 店を出て、手をつないで帰る帰り道。

「寒くないか?」

 航の問い掛けに、百合は航の腕を組んで答えてみた。

「大丈夫です…。」

 百合は恥ずかしそうに言った。笑顔になる航。

「そういえば…。」
「何ですか?」
「明日も休日だから休めるとして、週が明けて仕事行けるか?休んでたんだろ?3日間、無断欠勤で。」
「…どうして航さん知ってるんですか?」

 航は頭を抱える。

「友江さんに相談したんだよ、自分じゃどうしたらいいかわかんなくなって…。そしたら協力してくれたんだ。会社の後輩にも連絡してくれて…。」
「それで、わかったんですね…。」
「そうだ。」
「友江先輩にも迷惑かけちゃった…。」
「また行こう、友江さんとこ。」
「はい…。」
「で、仕事行けそうか?あんたみたいな人がそんな派手なことして。行きづらくないか?」
「行きます。もし行きたくなくなったら、会社辞めます。」

 百合の大胆な発言に、航は驚きしかなかった。しかし航はまた笑顔になる。

「そーだな。あんたはそんくらいのことしたって罰は当たんねぇよ。空はちゃんと見てる。」

 そう航に言われた百合は、夜空を見上げる。月とひとつの星が見えた。

「星…きれい…。星も空も…上でさえ…ちゃんと見たの、いつが最後だっけ…。」

 夜空を見る百合を航は見る。航も夜空を見上げる。

「じゃあ見に行こう。」
「え?」
「見に行くんだよ、星空。これからもっと寒くなって星がよく見えるようになるだろ?行こうぜ、きれいだろうし、きっと楽しい。な?」

 百合は航の腕をぎゅっと強く組む。

「はい、行きます。」
「決まり。」

 アパートに着いたふたり。

「あ…の…航さん…。」
「なんだ?」
「私、シャワー浴びても…いいです…か…?」
「あぁ、嫌なもん全部流してこい。すっきりするだろ。それにもう、怖くないだろ?」

 百合はハッとする。袖をさっと上げた。自分の腕を見る。腕が白い。

「いいから早く行ってこい。自分でも確かめるんだ。オレは見たからな。…どーせならあん時、電気点ければよかったか…。」
「…航さん!」

 怒る百合、笑う航。

「冗談だよ、早く行け。」