百合は航の胸に寄りかかる。胸元のシャツを握りながら。航が包んでいた百合の肩が静かになる。百合の髪をなでた。

「…あんた、強いんだな。オレなんかよりずっと。すげーつらくて逃げられなくても、あんたは人の道を踏み外すことをしなかった。人生から逃げることも。すげー…強かったんだな…。」

 百合の目に涙が浮かぶ。シャツを握る力が強くなる。

「あんたに言われて気づいたよ。あんたにあんなこと言ったのにオレは、『ありがとうございました』も『さよなら』も…そんなこと思ってねぇよ、ふざけんなって…。あんたが言わなかったら、そんなことも気づかなかった…。オレは…。」

 百合はゆっくり航に抱きついた。首に腕を回す。

「何も…言わないでください…。」

 百合がそう言った後、航は百合をそのまま抱え上げる。ベッドの上に座る百合。

「航さん、ちょっと後ろ向いててもらっていいですか?」

 航は不思議に思いながら、百合に背を向けた。そして百合はすぐに航を呼ぶ。

「航さん、見てください。」

 振り返った航が見たのは、下着姿の百合だった。航は至って冷静だった。

「何してんだ。服を着ろ。」

 再び百合に背を向けようとする航に、百合は叫ぶ。前に手を付き、身を乗り出す。

「ちゃんと見てください!航さんに判断してもらいたいんです!」

 航の動きが止まる。百合は自分を体を見ながら話し出す。

「私の肌、黒いですか?白いですか?…あの人に触られたところ…初めはまだらだったのに、どんどん広がって、今は全身真っ黒にしか見えない…。毎晩、怖くてたまらなかった…。私の肌が、黒いか白いか。航さんに見てもらいたいんです。他の誰かじゃだめなんです。だから…だからお願いします…。」

 百合は体ごと下を向き、目を閉じる。そして深い息をした。

「頭を上げろ。それじゃ見えねぇ。」

 航の鋭い声。百合はハッと目を開ける。そしてゆっくり体を起こし、頭を上げた。しかし航の目を見ることができない。それでも航の視線を、百合は確かに感じた。

「あんたは真っ白だ。体も、心も。」

 航はゆっくり立ち上がり、百合にそっと布団をかけた。

「だからそう簡単にそんなきれいな肌、人に見せるな。」

 航は百合に背を向けた。

「はい…。」

 百合は服を着る。涙を流しながら。その涙の理由は数え切れない。

「着たか?服。」
「はい…、着ました。もう大丈夫です。」

 百合はベッドに座った。床に座る航に、百合は弱々しく問う。

「航さん?」
「どうした?」
「私は、汚《けが》れてますか?」
「汚《けが》れてなんかねぇよ。言っただろ、真っ白だ。…百合の花…、花言葉みたいに。」
「航さん、知ってたんですか。」
「花屋が勝手に言ってきた。」
「そうだったんですね…。」
「あんた、体も手もぐったりしてきた。もう横になれ。」

 もう布団に潜らない、小さくならない百合。天井ではなく、横にいる航に体を向ける。百合は航を見つめ、何も言わずに手を伸ばす。航はその手を握ってくれた。

「沢山騒いで疲れただろ。ゆっくり寝ろ。」
「いや…こわい…。」
「もう怖いものはないだろ。安心しろ。ずっといる。」

 安堵を感じる百合。目が潤む。

「航さん…?」
「なんだ?」
「好きです…。」
「…わかってるよ。」

 航がいてくれる夜。航がいてくれた夜。

 百合は眠りの中。桜の花と同じ色の天使が来て、百合の中の真っ黒な膿を引き出す。そしてどこか遠くに飛んで、溶けて消えていった。

 百合が真っ白になった夜。