百合のアパートから帰った航。自分の部屋。すぐにベッドに横になる。天井を見ながら考えた。

「寂しい思い…ならなぜ家を出た…。地元に何がある…。実家、家族…。」

 航は目を閉じる。

「極度な不安、緊張、ストレス、恐怖…。どれだ…。」

 ため息をついた後、航は起き上がる。頭を抱え、髪をぎゅっと握った。そしてすぐに荷造りをする、百合のために。自分のがらくたを、自分の想いを、ありったけのものを詰め込んだ。

 平日。終業後、ひとりで百合はデパートの手芸コーナー。手芸糸を探していた。

「あ、色…。航さん何色が好きなんだろ…。いつも色んな色の服着てるし…。どうしよう…。んー…。あ…そうだ…。」

 百合はこそつく。航のためにミサンガを作る。小さい頃、学校で流行っていたもの。幅、それによる柄を考えながら、編み方を思い出す。簡単な単純作業。

 週末。同じくテーブルには、赤い箸置き、青い箸置きとネームプレート。そしてペアグラス。百合の準備は万端だった。インターホンが鳴る。

「はい!」

 百合はドアを開く。航がいた。航は息を切らしていた。

「航さん?!」
「来たぞ…。」
「どうしたんですか?!」
「ドア開けろ…。」
「は、はい!」

 航は段ボールと紙袋を床に置いた。

「…すげー疲れた…。」

 百合の心配をよそに、航は少し息を整え、すぐにリビングに向かった。荷物を抱えて。

「航さん??」
「持ってきた。」
「え?」
「オレの部屋にある物。」

 航は百合の部屋の空いているスペースにドサッと荷物を置いた。そこに座り込む。本当に航は持ってきてくれた。航の物を、すぐに。百合はただ驚き、声にならなかった。息を切らし、汗もかいている航に、百合は冷蔵庫からミネラルウォーターを持ってくる。

「航さんこれ、飲んでください。」
「悪いな…。」

 つらそうな顔をした航。愛おしさが増す百合。

「ご飯は…、航さんが落ち着いてからにします。」
「大した重さじゃねーんだけど、歩くうちにどんどん重くなって…。結構大変なんだな。また持ってくる。」
「航さん…。」

 荷物を見る百合。嬉しい反面、申し訳なく思った。百合は悲しい表情をしてしまう。

「嬉しいのか迷惑なのかどっちだ。」

 航はすぐに言った。荷物を見て、悲しい表情のまま百合は言う。

「もちろん…嬉しいに決まってるじゃないですか…。わかってるのに聞かないでください。」

 百合にしか言えない、百合からしか出ない言葉。航も百合への愛おしさが増す。

「あー腹減った。」
「あ、じゃあそろそろ用意しますね。」

 百合は笑顔でキッチンへ、航は自分の特等席へ。

 百合は料理を運ぶ。最後に持ってきたのは卵焼きだった。その日のメニューの洋食には合わない。しかし百合は作った。百合の想いやりを航は感じた。

「今日もうまそうだな…。」
「今日はちょっとだけ時間掛けました。前回が簡単だったので。」
「あんた、ほんとすげぇな…。」
「それは食べてから言ってください。」

 百合は航のグラスにビールを注ぐ。自分のグラスにも注いだ。

「今日は、航さんの荷物に乾杯です。」
「そんなもんに乾杯すんなよ。がらくたに価値はねぇ。」
「私には値が付けらない物です。」

 ふたりは目を合わす。笑い合う。ふたりは乾杯した。

「じゃ、いただきます。」
「はい、召し上がれ、です。」

 航はおいしそうに食べている。百合はそれを嬉しく思いながら、ちらちら段ボールを見ていた。百合にとって、それはおもちゃ箱。どんな物が入っているのか、とても楽しみだった。

「これ普通のカレーじゃねぇのか?」
「トマト煮です。」
「トマト?」
「はい。トマト缶…トマトペーストとトマトに、調味料を何種類か入れて、そこに作っておいたミートボールを入れて煮込んだものです。」
「…よくわかんねぇけど、やっぱ手が凝ってるよな…。」
「味は、どうですか…?」
「うまい。すげーうまい。」
「よかった…。」

 早く開けたい、おもちゃ箱。