まだまだ暑い秋。週末。百合は準備をする。航を部屋に招く準備を。料理と心を。

「後は航さんが来るだけ…。」

 インターホンが鳴る。

「はい!」

 百合はドアを開く。航がいた。

「来たぞ。」
「はい、待ってました。」

 笑顔になるふたり。

 航の見た百合は、腰にエプロンを巻き、髪をまとめていた。その姿は新鮮で、航は百合の気持ちを感じた。そして美味しそうな匂いが漂う。

「どうぞ、入ってください。」

 部屋に入る航。

「邪魔するぞ。」

 航は部屋全体を見回した。明るく広い部屋だった。

「あんた、いいとこ住んでんだな。」
「駅から遠いから、家賃が安いんです。」

 人を避けてきた、百合らしいことだと航は思った。

「航さんは奥のリビングで座っていてください。こっちです。」

 航は百合の言われるまま、奥のリビングに行く。広い部屋だった。そこにあるのは、ベッド、テーブル、テレビ、テレビ台、引き出しのある背の低い棚、その上のパソコン。どれも飾り気のないシンプルすぎるほどの。それだけだった。

「部屋が広いからか…?なんか寂しくねぇか?この部屋。それにあんたのことだから、もっと女の子らしい部屋かと…。」

 百合は答える。

「そういうの…必要ありませんでしたから…。」

 航はカーテンを少し開く。とても静かな場所だった。

「寂しい部屋で静かな場所で、退屈にならねぇか??」

 百合は答える。今度はうつむいて。

「…退屈とか、そういうの…。私にはわかりません…。」

 そう言い残し、百合は足早にキッチンへ向かった。航は百合の後ろ姿を追う。百合の『何か』の影が見えた気がした。

 航はテーブルを見る。テーブルの上。青い箸置きと木製の箸、薄い紫色の江戸切子のグラス。隣には、赤い箸置きと木製の箸、薄いピンク色のグラス。

 航は青い箸置きの前に座った。そして航は目につく。『佐藤 航 様』自分の名前の入ったネームプレートを見つける。やけに立派なものだった。そこへ百合が来る。サラダを持ってきた。

「おい、これ何だ?…どっかで見たような…。」
「航さんの席です。」
「だからこれ…。」

 百合は一度、航と目を合わせ、すぐにそらせる。そして恥ずかしそうに言った。

「友江先輩の結婚式。披露宴が終わった後、航さん、気づいたらもういなくて…。そのネームプレート、私持って帰ってきちゃったんです…。それだけで緊張しました…。今思うと、すごく失礼な話ですね。」

 百合は笑う。恥ずかしそうな、情けないような、そんな笑顔だった。

「じゃあここは、オレの特等席だな。」

 航は自慢気な笑顔で言った。百合は嬉しかった。

「はい…。」

 百合は笑顔を隠すようにキッチンへ戻った。航はネームプレートに少し触れる。物思いに耽っていた。

 どんどんと料理が運ばれてくる。どれも色鮮やかでとてもおいしそうだった。関心する航。その料理と一緒に何気なく置かれた卵焼き。お弁当の卵焼きとは違い、真ん中に切り込みが入り、ハートの形になっていた。何気なく置かれた何気ない想いを、航は確かに受け取った。

 最後に百合が運んできたのは焼き鳥だった。

「あ、ちょっと待ってください。ビール持ってきます。」

 百合は缶ビールを持ってきた。

「…全部うまそうだな…。」
「焼き鳥にビール…って考えたら、居酒屋のメニューしかイメージできなくなって…。どれも、切って焼いて、切って炒めて、それだけです。それより航さん。」

 百合は缶ビールを開け、航に向けた。航はグラスを持つ。百合はそのグラスにビールを注いだ。百合も自分のグラスに注ぐ。

「こういう時は、何かに乾杯ってしたほうがいいのか?」
「そんなの要りません。乾杯しましょう、航さん。」

 ふたりは乾杯する。ビールを飲んだ後、航はグラスを見ながらしみじみ言った。

「やっぱうまいな。」
「はい。おいしいです。」
「じゃ、いただきます。」
「はい、召し上がれ、です。」

 航は焼き鳥から食べた。味、焼き加減、弾力やその他諸々、百合はどきどき、緊張していた。航は一口食べ終わる。

「…うまい…うまい!」
「…ほんとですか?」
「あのおやじに食わせてみろよ、驚くぜ!」
「よかった…。」
「あんたすげぇな!」

 ほっとした百合。おいしそうに楽しそうに食べる航の姿に見惚れていた。

「あ…他のも食べてください。ビールもまだあります。」

 航は楽しそうに食べていた。百合も楽しくなり、会話も弾む。そして、お弁当の時とは違う嬉しさ。自分の作ったものをふたり一緒に食べ、その食べている航の姿がすぐ目の前に見える。弾む会話の中、百合は嬉しさが心に沁みていた。

「航さん、味、どうですか?」
「うまい!」