花火は見事に咲き誇り、終演を迎えた。ふたりは帰る、手をつないで。百合はもう下を向かない。前を向いて歩いていた。ゆっくり歩くふたり。気持ちが通じ合うふたりに言葉はない、必要がなかった。

 駅を抜けると、徐々に辺りから静けさが聞こえるようになる。百合の草履の音だけが響く。アパートが見えてきた。

「ふぅー。」

 百合は深く息を吐く。

「疲れたか?」

 百合は帯に手を当て、袖を広げる。自分の浴衣を見ながら言った。

「浴衣って、大変なんですね。暑いし、帯は苦しいし、裾が広がらないから小幅でしか歩けないし…。浴衣着るの初めてだから、知りませんでした。でも着て行ってよかった…思い切って…。」 
「思い切って?」
「…はい。花火…行くなら、少しでも多く楽しみたかったんです。…行けるかどうかもわからないのに、準備はしてたんです。」

 アパートに着くと航は言った。

「大変かもしれないけど、また着ろよ。」
「え?」
「今日いっぱいいたな、浴衣着てんの。ちらっと見たけど、あんたの浴衣が一番きれいだった。よく似合ってるしな。だからまた着てくれよ。来年も。」
「来年も?」
「そうだ。」

 百合は航のやさしさに包まれる。

「来年も…一緒に…?」
「そうだよ。」

 百合は航の目からそらせられなかった。ただ心から願っていた、来年も航と一緒にいられるようにと。

「そんなに見るなよ。」

 航は少し呆れ少し照れ、そんな笑顔をしながら、百合の頭をやさしくなでた。

「…今日は、よく頑張ったな…。楽しかったか?」
「はい、すごく楽しかったです。連れて行ってくれて、ありがとうございました、航さん…。」

 百合は笑顔で答えた。航も笑う。笑顔のふたり。

「ゆっくり休め。また連絡しろ。じゃあな。」

 笑顔で帰っていく航。百合は言い忘れていることがあることに気づく。

「航さん…待って…航さん!」

 百合は航を呼ぶ。航は振り向いた。

「なんだ?オレ忘れ物はしてねぇよ。」

 そんなに遠くはない、航との距離。しかし百合は航へ駆け込む。

「航さん…。」

 何かを考えている百合、航はすぐに気がつく。

「今は何考えてるんだ。言えるか?」

 いつものやさしい航の目が、百合の心の声を引き出した。

「嬉しかったです…航さんの…航さんの…キス…。…初めての…。」

 きっと今、自分は顔を赤くしているだろうと思った百合は、ぎゅっと目を閉じる。

「ファーストキスってやつか?」

 そう航に聞かれ、百合はゆっくり目を開けた。そして恥ずかしそうに答える。

「…はい…。」
「またしてやろうか?」
「え??」
「なにビビってんだよ。」
「ち、違います!そんなんじゃ…ないです…。」

 航は笑う。百合に余計な緊張も気をつかわすこともしてほしくない、航の想いやりだった。それが百合に伝わる。百合はとても愛しく感じた。

「ビビるなら二度としねーぞ。」
「え…?」
「冗談だよ。」

 航は百合の正面に立つ。ポケットから手を出し、百合の肩にそっと置く。百合はそれだけでどきっとした。航は顔を百合に近づける。どきどきする百合は航をじっと見ていた。

「バカ。目を閉じろ。」
「は、はい…。」

 ふたりはキスをした。

「これで2回目だな。数えとけよ。」
「そんなこと…しません!」
「じゃあな。」

 航は帰っていった。百合はぽーっとする。階段を上り、ドアの前に立つ。唇に指を当てる。

「熱い…。」