迎えた花火大会。百合は浴衣を着る。美容院にて。葵と舞のアドバイスに悩みに悩んだ結果、大きな声で言った。

「キャバ嬢みたいにならない感じでお願いします!」

 着付けも髪のセットも完璧にしてもらった百合。髪は少し巻いた後、程よい高さにアップし自然な感じにまとめ、帯は強調性のないよう結んでくれた。百合は鏡に映る自分を見て、新鮮に思う。やはり少し大人になった気分になった。

「自分じゃないみたい…。」

 アパートに航が来ることになっていた。美容院から帰る百合に新しい心配。

「あれ?歩きづらい…。草履?…違う、浴衣の裾が狭いんだ…。大丈夫かな…。」

 百合はしっくりこない歩き方。アパートに着くと、航はもう待っていた。航が見たのは浴衣姿の百合。航は驚く。

「あ、航さん!待ちましたか?…ごめんなさい…。」

 航は百合の言葉が聞こえない。百合に見惚れていた。綺麗な浴衣にまとわれた百合、その百合はとても美しく綺麗だった。航はしばらく言葉を失う。何も言わない航に、百合は不安になる。

「航さん…?」

 航は我に返り、慌てて手を広げた。

「ああ…じゃあ行くぞ。」
「はい…。」

 目的地、河川敷か土手。そこまでは、まず電車で移動し、会場の最寄り駅から少し歩く。そんな場所。ふたりが足を進めれば進めるほど、人が増える。賑わう。百合が航の手を握る力が強くなる。

「大丈夫か?」

 航は百合を見る。心配する目ではなく、やさしい目。それが百合を安心させた。ホッとする百合。もし航が心配する目をしていたら、百合の不安は大きくなっていたかもしれない。航はそれをわかっているかのようだった。百合は小さな笑顔。

「はい。」
「行こう。」

 毎日乗っている電車。通勤時とは全く雰囲気が違った。学生や子供も乗っている。浴衣を着た女性、少女も沢山いた。皆笑っていてとても賑やかだった。しかし百合はそわそわし、落ち着かなかった。

 会場の最寄りの駅に着く。人の数は増えるばかりだった。うまく目を開けられない、下を向く百合。

「あと少しだ。行けるか?」

 百合は航を見上げると、航はまたやさしい目。

「掴まれ。」

 航は手をそっと離し、その代わりに腕を広げた。

「はい…。」

 百合は航の腕を、両腕できつく握り締めた。そしてふたりは歩き始める。百合は自分の足元を見ながら、航の腕を頼りに歩いた。航が言う。

「ゆっくりでいい。歩けなくなったら言え。倒れたっていい。オレが抱える。」

 百合は嬉しかった、航の言葉。帯と人混みで苦しい胸が、さらに苦しくなる。しかし礼を言う余裕はなかった。百合はゆっくり航を見上げる。

「ゆっくり行こう。な?」

 航のやさしい目に、百合は吸い込まれた。

「はい…。」

 そう言った後、百合が航から目を離すと、そこには別世界が広がっていた。

 百合に祭りが見えた。灯り、どこまでも続く屋台の列、途切れることのない人の波、そしてその人の笑顔。全てが輝いて見えた。どこまでも輝いて。

「航さん…?」

 百合は航に呼び掛ける、辺りを見ながら。航は頭を百合に近づける。

「どうした?何かあったか?」
「お店、いっぱい…。」

 航はふと百合を見る。するとそこには、下を向いていたはずが、前を、周囲を見て歩く百合がいた。航は驚く。そして嬉しくなった。自然と笑顔になる。その百合の気持ちが変わらぬよう、あえて航はそれまで通りに話した。

「食いたいもんがあれば言え、寄るぞ。」
「航さん?」
「なんだ?」
「みんな…楽しそう…。」
「花火だからな。」
「航さん…?」
「なんだ?」
「みんな…私のこと…見てない…。」

 その言葉には航はすぐに返事ができなかった。航は百合を見る。百合はずっと周りを見ている。とてもいい表情をしていた。また航はそれまで通りに話す。

「そうだ。今日だけじゃない、いつもだ。」
「明るい…眩しい…楽しい…。」
「祭りだな。」

 ふたりの花火大会が始まる。