おいしい時間が終わり、ふたりは店を出る。

「店長が言ってたこと、後でメモしなくちゃ…。」

 またぶつぶつ言っている百合の後ろ姿を、航は微笑ましく見ていた。

「帰るぞ。」

 航は笑顔で百合に手を広げる。百合も笑顔で応える。

「はい!」

 ふたりは手をつなぐ。帰り道。

「明日は大人しく休め。疲れてるはずだ。」
「はい、そうします。」
「なんだよ、やけに素直じゃねーか。」
「昨日から一日しか経ってないのに、もう何年も経ったような気がして…。」
「大袈裟だな。」
「航さんといると時間が足りません。」

 時々出る、百合のストレートな言葉。百合に自覚がないため、余計その言葉が航の胸にくる。

「今度の花火。あんたにとってのイベント、初めてか?」
「あ…そういえばそうです。」
「他にイベント事って、何があるんだ?」
「私に聞かれても…。」
「何かあるだろ。」
「んー…、夏が花火…、冬は…クリスマス…?それから…年が明けてバレンタインが来て、その後お花見…。あと…誕生日…?とか…?…んー…私にはわかりません!」
「それ全部やろう。」
「ん…え?」
「今言ったやつ、全部やるんだよ。いや、イベントってイベント、全部やってやろうぜ。」

 百合の足が止まる。

「…全部…??」
「そうだ、全部だ。なんだ、嫌か?やるのか?やらねーのか?」

 春夏秋冬、一緒にいてくれる。航がそう思ってくれている。それを知ることができた百合に、安心感と弾む胸。百合は笑顔で答える。百合らしい、小さな笑顔。

「全部…やってやろうぜ、です…。」

 航も笑顔で返す。

「決まり。帰るぞ。」

 笑顔のふたりは仲良く帰る。アパートに着く。笑顔のまま、手をつないだまま。

「じゃあな。ゆっくり休め。」
「はい。」
「焼き鳥、出来たら食わせてくれよ。」
「もちろんです。」

 航は百合のおでこにキスをしようとする。

「あの!」

 百合は声を出した。そして少しうつむく。

「どうした?」

 航は心配になる。うつむいていた百合がゆっくり航を見上げると、航は百合を心配する、想いやる目をしていた。

「あの、そういうことをされると、逆にゆっくりできなくなる…んです…。」
「…なんでだよ。」
「…どきどきしちゃって、落ち着かなくて…。」

 百合はその時でさえどきどきし、その場をどうしたらいいかわからなくなる。その時。

 航の顔は百合の横。航は百合の頬にキスをした。

「じゃあ、これはどうだ?」

 固まる百合。その百合の顔を航は覗く。

「おい、聞こえてるか?」
「え…?」
「オレはこっちだ、こっち見ろ。」
「え…?」

 百合は航を探す。見つける、いつもの位置、いつもの距離。そしていつもの笑顔だった。

「ゆっくり休めるといいな。じゃあな。」

 航は帰っていく。固まっていた百合の体が動き出す。

「あ…航さん…!」

 百合は叫ぶ。航に、自分に。

「航さん!ひどい!」

 航は少し振り返り、笑って手を振った。それを見送った後、百合はアパートの階段を上り、ドアの前に立つ。今度は頬に手を当てる。

「おでこの時より、熱い…。」

 落ち着かない休日の始まり。