五カ月ほど前からであろうか、函館の各地に凄腕の女泥棒が暗躍しているのだ。
女が狙うのは富裕層の男性で、ある者にはバスガールの制服で近づき、別の者には看護婦の衣装で声をかける。
教師や電話交換手、資産家令嬢など、なぜか被害者の男性の好みを把握しており、それに合った女性に化けるのだという。
それがまた美人で色気のあるいい女なのだそうで、スケベ心から自宅に招き入れてしまい、金目の物を盗られるのだ。
被害に気づくのは女が帰った後で、問いただそうにも連絡を絶たれて二度と会えない。
新聞の発表によると女怪盗による窃盗事件は十件に上るが、家族に知られたくないなどの事情から、被害を訴えていない者もいるのではないかと推測されていた。
「また出やがったのか。警察はなにをやっているんだ。政治犯やら集会の取り締まりばかりやってねぇで、早く捕まえろってんだ」
森山が怒り口調で不満を言えば、中堅コックが指摘を入れる。
「狙われるのは金持ちのようですから、我々は安全でしょう。オーナーだけは、気をつけた方がいいかもしれませんね」
「左門さんのことなら、心配ご無用ですよ。女性の色仕掛けに引っかかる人ではありませんので」
柘植が自信を持って否定すると、大吉以外の皆が納得して頷いた。
(そういえば左門さんには女性の影がないよな。色恋事に興味がないのだろうか……)
左門の話題が出たちょうどその時、穂積が厨房に入ってきて大吉を呼んだ。
「オーナーから電話があって、大吉君に言付けを頼まれた」
用件を聞いた大吉の眉が寄る。
左門は今、出先にいて、不運にも民家の前で老婆の打ち水を浴びてしまい、服が汚れたそうだ。
まだ仕事は残っているが、一度自宅に戻り、着替えたいという。
それで大吉に、薄い水色の縦線が入った立襟のシャツに、アイロンをかけておけと命じるための電話であった。