文子は風呂敷包みで顔を半分隠したまま、黙ってしまった。
恥ずかしがっているようだが、赤面してはいない。
困っているようにも見えて、清が弱気になる。
「駄目ですか……」
作戦は失敗かと思われたところで前に出たのは大吉だ。
美人を前に気後れしている幸治と違い、大吉は話せなくなるということはない。
これまで何度も繁華街の道端で女給達に声をかけ、時には鬱陶しがられてきたのだ。
ちょっとやそっとのことでは引き下がらない根性が備わっている。
親友の加勢をするべく、大吉は張り切って口を開いた。
「清の頼みを聞いてやってもらえませんか。いい奴なんです。真面目で優秀、将来性は抜群ですよ。ゆっくり話したいことがあるそうなので、お願いします」
清の本当の成績は中の下といったところで、そんなに真面目でもない。
陽気ですぐにふざけてしまうから、教師に叱られることもあるのだが、大吉は嘘も方便とばかりに清を持ち上げた。
文子は目だけを覗かせており、表情を読みにくい。
「お願いします」
さらに半歩詰めた大吉が、風呂敷包みを下ろさせようと手を伸ばしたら、文子が片足を引いて早口で言った。
「わかりました。お誘い、お受けしますので……あっ」
慌てたためか風呂敷包みが落ちかけて、大吉は間近で顔を見ることができた。
彼女はなぜか焦っているけれど、大吉は構わずに言う。
「近くで見ると、ますます美人だなぁ」
すると文子は目を瞬かせ、その後にはフッと表情を和らげて微笑んでくれる。
大吉も笑みを返したら、横からドンと清に押しのけられた。
喜びに破顔した清が、学帽を取って文子に頭を下げる。
「文子さん、一緒に行ってくれるんですね。ありがとうございます!」
文子は頷いて、差し出された前売券を受け取った。
「最近忙しくて、明日、明後日というわけにはいかないんですけど、いいですか?」
「もちろんです。文子さんの都合に合わせます」