それを見た幸治が、シベリアを食べる手を止め、顔をしかめて聞く。
「彼女を可哀想に思って、好きになったのか?」
恋ではなく同情なのではないかと、幸治は言いたいようだ。
すると清が首を強く横に振った。
「確かに文子さんの毎日は、大変で忙しい。できる限りの手助けをしてあげたいと思う。だけど、彼女の生活水準は決して可哀想ではない」
住まいこそおんぼろ長屋だが、文子はいつも綺麗な身なりをし、弟妹も同じだ。
食べ物に困ることもなく、母親の入院費も一度も滞納することなく支払っているという。
すぐ下の弟は函館師範学校の一年生で、真新しい自転車で通学しているそうだ。
自転車を持っているとは、貧乏どころか裕福なのではないかと思う暮らしぶりである。
それを聞いた大吉は驚くと共に感心した。
「仕立ての仕事とは、そんなに高い賃金をもらえるのか。すごいなぁ」
「いいや、普通なら家族を養えるほどの稼ぎは得られまい。おそらく文子さんの腕が、飛び抜けて良いのだろう」
「優れた技術で充分な稼ぎを得ているというわけか。清の想い人は大した女性だ」
一番先に食べ終えた幸治も、文子に感心し、そういうところに惚れたのかと清に問う。
すると清が口の端を弓なりに吊り上げ、ヒソヒソと答える。
「もちろん仕事のことは尊敬しているが、控えめで大人しい性格が好きだ。そしてなにより、美人なんだ」
「美人!」
大吉と幸治が声を大にして復唱してしまったら、周囲の見知らぬ学生達の視線が向き、慌てて声を落とす。
「美人のお姉さんが隣に住んでいるなんて、ずるいぞ」
大吉がそのように羨めば、清が嬉しそうな顔をして調子に乗る。
「美人な上に、胸も大きい」
「な、なんだと!?」
清が両手で女性の体の線を描いたら、大吉と幸治はテーブルを叩いて悔しがる。