あまりの美味しさに一気に食べ切りそうになり、ハッとした大吉は、ひと切れを残してナイフとフォークを置いた。
左門は自身の食事を終えている。
赤ワインだけを優雅に楽しみつつ、「どうした?」と大吉に聞いた。
「もったいないので、これは最後に食べます。まだ今のライスカレーがあるので」
「最後をビフテキで締めるのか。ならば、こっちはいつ食べるのだ?」
まだ触れていない釣鐘がひとつある。
左門が腰を浮かせて開けると、冷気がふわりと漂った。
銀の深鉢に砕いた氷と塩が入れられており、その中央にはなんと、ガラスの器に盛られたアイスクリームがある。
中江一家に振る舞ったものと全く同じで、バナナと薄焼きの洋菓子も添えられていた。
「アイスクリーム! これも僕に……?」
「もちろんだ。釣鐘を外してしまったからな。溶けないうちに食べるが良い」
感激の中でガラスの器を氷から取り出した大吉は、目の前に置いてうっとりと眺める。
まるで憧れの女性にやっと出会えたような心持ちである。
「いただきます」
胸を高鳴らせて味わえば、ひと口目で夢の世界へ運ばれた。
(これがアイスクリーム。なんて魅惑的な甘味なんだ……)
滑らかで冷たく優しい甘味は、舌を喜ばせるとすぐに喉の奥へ流れて消えてしまうので、急いで次のひと匙を口に運び入れる。
せっせと手を動かしながら大吉の頭には、函館で有名なカフェーの人気女給の顔が浮かんでいた。
歓楽街の道端で見かけて声をかけると、ちょっとだけ微笑んで喜ばせてくれるけれど、すぐに先へ行ってしまう。だから追いかけて話しかけるのに忙しい。スプーンを動かしている、この手のように。
(アイスクリームはまるで、美人のお姉さんのようだ……)
魅惑の甘味をたちまち食べ終えて残念に思う大吉だが、まだバナナがある。
初めてのバナナにも感動し、ひと房を独り占めした弟への恨みは、綺麗さっぱり消え去った。