家族だと認識できないまま、スエは中江一家に連れられて帰っていき、それから半日が過ぎて時刻は午後八時になる。
日曜の営業は忙しく、閉店時間から三十分が経っても大吉は皿洗いの途中である。
けれども左門が呼んでいると穂積に言われ、皿洗いを中断して二階の特別室へ行った。
ノックしてドアを開ければ、左門がひとりで優雅に食事をしている。
白い卓布がかけられたテーブルの、左門の前には、温野菜にフレンチドレッシングがかけられたものとライスカレー、フランス産の赤ワインの瓶とワイングラスが置かれていた。
ほのかに漂うライスカレーの香りに刺激され、大吉の腹の虫が鳴いた。
腹を抑えながら「ご用ですか?」と大吉は聞く。
「ああ。カレーソースが余りそうなのだ。賄い料理を食べて間もないと思うが、大吉ならまだ胃袋に余裕があるだろう。食べるなら、そこに座りたまえ」
「わっ、もちろん食べます!」
チビの大食いの大吉なので、賄い飯だけでは満足していない。
中江一家の件でライスカレーが食べたい気分を引きずってもいたため、ありがたい誘いである。
大吉は張り切って左門の向かいの席に座る。
目の前には、銀の鍋蓋のようなものが、ふたつ並んでいる。
料理を取り置いておくときに使う覆いで、その形からコック達は、“釣鐘”と呼んでいる。
それの左側の方を開けてみるように言われ、大吉は従った。
すると大皿に盛られた山盛りライスと、ソース入れがふたつ現れた。
大吉がよだれを垂らすほどに食べたかった、ビフテキの皿まである。
「ビ、ビフテキだ!」
大吉をここへ呼んだのはカレーソースが余ったからという理由のはずなのに、豪華に整えられたテーブルを見ると、そうとは思えない。
中江一家の件に関して大吉は、痛い思いをしたり、汚い家の片付けや招待状を届けたりと随分わずらわされた。