認めてしまえば、詫びようがないほどの巨大な後悔に(さいな)まれることだろうから。
すると君枝が立ち上がって正一郎の横に行き、夫と一緒に頭を下げた。
「私にお世話をさせてください。この前、正一郎さんに不貞を疑われ、私はとても傷つきました。誤解は解けてもまだ悲しみが残っています。私の何倍ものやり切れない悲しみを引きずって、お母様は生きてこられたんですよね。可哀想に思いますし、耐えてこられたお母様を尊敬します。正一郎さんを産んでくださったことに感謝して、しっかりお世話しますから、どうかお願いします」
君枝が介護を買って出たことで、松太郎のスエを拒否する口実はなくなってしまった。
苦悶の表情で唸るだけの松太郎であったが、深いため息をつくと、なにを思ったのかライスカレーの続きを食べ始める。
「親父……?」
訝しむ息子の問いかけに返事をせず、掻き込むように完食した松太郎は、水を飲んでひと息ついた。
「うまかった。幸せだったあの頃と変わらぬ味がした」
静かな声でそう言うと、立ち上がってスエの方へ歩き出す。
スエはちょうどライスカレーを食べ終えたところで、「ご馳走様でした」と手を合わせている。
左門と穂積は、松太郎と入れ替わるように階段横まで下がり、並んで老人ふたりを見守っている。
大吉は期待と不安の入り混じる気持ちでいた。
(大旦那さんは、一緒に暮らす決心が着いたのだろうか。そうであってほしいけれど、夫婦をやめていた月日の方が長いからな……)
松太郎がテーブルの横に立ち、緊張気味に声をかける。
「スエ、わしだ。わかるか?」
残念ながら今のスエは、そこにいる松太郎が、夫であった男だとわからないようである。
いや、話しかけられているという意識もないようだ。
窓の外に気を取られ、独り言を口にする。
「大変、もうすぐ日が暮れそうだわ。早く帰ってお夕飯の支度をしないと」