スエの傍には穂積が立っているので、そこに座らせてライスカレーを出したのは彼であろう。
おそらくは、スエを二階で待たせていて、頃合いを見てその席に誘導したのではあるまいか。
もちろんそれを指示したのは左門であり、驚く面々を口の端を上げて眺めている様子からは、なにもかもが策略の内であると窺えた。
「お袋!」
正一郎が椅子を鳴らして立ち上がり、呼びかけると、スエの視線が息子に向けられた。
けれども首を傾げられ、「どなた? お知り合いでしたでしょうか」と言われてしまう。
唇を噛んで俯いた正一郎を、大吉は哀れんだ。
(僕を息子だと勘違いしたことだし、スエさんの中の正一郎さんは、学生服の似合う年頃に戻ってしまっているのだろう。母親に忘れられたら、悲しいよな……)
大吉が同情を寄せていたら、左門が動いた。
なぜか大吉の前まで歩いてきた左門は、コック帽を無言で奪うと自分が被る。
「へ?」
間抜け声を出した大吉には構わずに踵を返して、今度はスエのもとへ。
背広にコック帽というおかしな格好の左門が、ゆっくりとスプーンを口に運んでいるスエに声をかける。
「お客様、お気に召しましたか? そのライスカレーは私が作りました」
左門は指示するだけで、包丁を握らない。
本当に作ったのは森山だと思われるが、コック帽を被ってそう言ったということは、コックの振りをしたいようだ。
「あら、そうなの。とても美味しいです。夫と息子にも食べさせてあげたい。コックさん、ライスカレーの作り方を教えてくださいませんか?」
スエは、夫が仕事に忙しく、外食する時間を取れない人だと左門に話した。
自分には、家事の合間にレストランにでも行って羽を伸ばせとお金をくれる、優しい夫だということも。
「理解ある素晴らしい旦那様ですね」