(スエさんのライスカレーのことだと、最初から言ってほしかった。気になって寝付けなくて、翌日の授業がつらかったんだぞ)
大吉の実家で使っていた出汁は、“鮭節”だ。
鰹と昆布も使うが、一番使用頻度が高いのはそれだ。
秋になれば近くの川に鮭が大量に遡上(そじょう)し、魚卵を獲るための鮭漁も盛んであった。
魚卵は言わずもがな高価格で取引されるけれど、腹を割いた後の身の方は困りもの。
遡上に力を使うため脂が少なく、“ほっちゃれ”と呼ばれて、食べても美味しくない。
鮭とばに加工して売ってもいたが、それにさえできないものは肥料にするか、捨ててしまうかのどちらかであった。
もったいないと思った漁村の女性達は、それを蒸してから乾燥させ、出汁を取るために使っている。骨も焼いて粉末にし、味噌汁などに入れていた。
それは大吉の実家近くの集落に限られる。
鮭節という言葉は広まっていないし、商品化できる代物でもなかった。
左門は出汁の種類を大吉に聞いただけで終わらせず、きちんと裏付けも取ったそうだ。
翌日にスエの自宅に二度目の訪問をして勝手に家探しし、台所の引き出しからカビの生えた鮭節らしきものを見つけたという。
そこまでの説明を、大吉は興味を持って聞いていたが、松太郎はやめろと言いたげに左門の話を遮った。
「だからどうした。わしに食わせて、懐かしがれとでも言うのか。ふしだらなあの女は赤の他人だ。あいつが今、どんな状況にあろうとも、わしには関係ない」
怒りの理由は、面倒を見てやれと言われた気がしたからだろうか。
苛立つ松太郎と、睨めつけられても全く動じない左門を見比べた大吉は、どっちの側につけばいいのかと心が揺れている。
(スエさんの生活を垣間見たら、誰かが世話してあげないと可哀想だと僕も思う。けれど、大旦那さんの気持ちもわかる。自分を裏切った相手を、今さら許せと言われてもな……)