半斤(はんぎん)の牛腿肉と玉葱ひとつを細かく切りて、牛脂を溶かした鉄鍋にて、良く返しながら焼き付けるべし。一度鍋より取り出して、メリケン粉大匙二杯と、カレー粉中匙一杯を炒め、出汁四合を少量ずつ注ぎ入れて……」
それは、ライスカレーの作り方であった。
二ページに渡って詳しく書かれており、難しい調理工程はなく、大吉でも再現できそうな気がする。
読み終えて視線を松太郎に戻した左門は、淡々とした口調で続ける。
「これはスエさんの料理帳です。ライスカレーだけではなく、他の料理についても書かれています。その料理を初めて作った日付や、食べたご家族の反応、その時の彼女の気持ちまで綴られているので、日記の要素もあるでしょう」
それに書かれているライスカレーの作り方は、浪漫亭のレシピと別物であった。
浪漫亭で使われていた高価で珍しい輸入食材を、一般の主婦が入手するのは困難で、スエでも美味しく作れるような材料と作り方を浪漫亭のコックが教えたのだ。
それは推測ではなく、レシピの下にそのように書かれているという。
(ということは、夫の留守に浪漫亭のコックを家に上げて、教えてもらっていたのかな。それが切っ掛けでただならぬ関係になり……やはり離縁されても仕方なかったということか)
大吉がそのようなことを考えている間、左門はスエの自宅を訪問し、料理帳を見つけて拝借した話を聞かせていた。
散らかって汚れたひどい室内の有様や、息子と勘違いして、食べられない弁当を大吉に押し付けてきたことも。
それを知った正一郎は、病に侵されてもなお自分を想う母親に目頭を熱くしている。
目を閉じて口を引き結び、涙を流すまいと耐えている正一郎に同情した君枝も、泣きそうな顔をしていた。
松太郎はなんとも居心地悪そうに、息子夫婦から目を逸らしている。