「このレストランの昔の料理帳でも引っ張り出して拵えたのか。あいつは浪漫亭の料理人とねんごろになり、作り方を教えられたのだからな。それを家で作ってわしに食わせるとは、全くもってけしからん」
羽織の袖口に手を差し入れた松太郎は、ライスカレーの皿を睨みつけている。
その姿はまるで、囲碁において嫌な局面に差し掛かった棋士のようである。
昔のレシピ帳を引っ張り出したという推測を、左門が落ち着いた声で否定する。
「違います。当時の浪漫亭の名誉のために言いますが、二十八年前の浪漫亭のライスカレーは、これよりずっと美味しいものでした」
左門は二階に保管してあった古いレシピ帳を開いて、当時の浪漫亭のライスカレーも森山に再現させたそうだ。
香辛料は七種類が使われ、ココヤシの実の汁でまろやかさを出し、牛肉がホロホロになるまで煮込んで作る、高級かつ本格的な味わいであったという。
それを聞いた大吉の口内に、唾が込み上げた。
(再現料理の味見に、僕も立ち会いたかった。呼んでくれたら良かったのに……)
今の浪漫亭のライスカレーは身悶えするほど絶品だが、賄い飯として何度か食べさせてもらったため、それほど羨ましく思わない。
けれども二十八年前のものは、金を払ったって食べられないので、強く興味を引かれる。
(ココヤシの実の汁とは、どんなものだ? 甘いのか、辛いのか。ああ、知りたい、食べたい……あっ)
大吉のお腹がグウと鳴り、左門に横目で睨まれてしまった。
邪魔をするなと目線で叱られたが、腹の虫の鳴き声は制御できないので許してほしい。
咳払いをして、元の真剣味のある空気感を取り戻した左門は、背広の懐からなにかを取り出した。
それは和紙を束ね、こよりで綴った古い雑記帳で、大吉は見覚えがあった。
(スエさんの自宅から、左門さんが勝手に持ち帰ったやつだ……)
左門が栞を挟んだページを開き、読み上げる。
羽織の袖口に手を差し入れた松太郎は、ライスカレーの皿を睨みつけている。
その姿はまるで、囲碁において嫌な局面に差し掛かった棋士のようである。
昔のレシピ帳を引っ張り出したという推測を、左門が落ち着いた声で否定する。
「違います。当時の浪漫亭の名誉のために言いますが、二十八年前の浪漫亭のライスカレーは、これよりずっと美味しいものでした」
左門は二階に保管してあった古いレシピ帳を開いて、当時の浪漫亭のライスカレーも森山に再現させたそうだ。
香辛料は七種類が使われ、ココヤシの実の汁でまろやかさを出し、牛肉がホロホロになるまで煮込んで作る、高級かつ本格的な味わいであったという。
それを聞いた大吉の口内に、唾が込み上げた。
(再現料理の味見に、僕も立ち会いたかった。呼んでくれたら良かったのに……)
今の浪漫亭のライスカレーは身悶えするほど絶品だが、賄い飯として何度か食べさせてもらったため、それほど羨ましく思わない。
けれども二十八年前のものは、金を払ったって食べられないので、強く興味を引かれる。
(ココヤシの実の汁とは、どんなものだ? 甘いのか、辛いのか。ああ、知りたい、食べたい……あっ)
大吉のお腹がグウと鳴り、左門に横目で睨まれてしまった。
邪魔をするなと目線で叱られたが、腹の虫の鳴き声は制御できないので許してほしい。
咳払いをして、元の真剣味のある空気感を取り戻した左門は、背広の懐からなにかを取り出した。
それは和紙を束ね、こよりで綴った古い雑記帳で、大吉は見覚えがあった。
(スエさんの自宅から、左門さんが勝手に持ち帰ったやつだ……)
左門が栞を挟んだページを開き、読み上げる。