「頬っぺたが落っこちる」と無邪気に喜び、ビフテキを頬張る子供らを、大吉は数歩離れた通路から羨ましげに見つめてしまう。
(お兄ちゃんもどうぞと、そのフォークを僕に向けてくれないかな……)
すると穂積が寄ってきて、小声で注意する。
「お客様の料理を物欲しげに見ないように。よだれも垂らさない」
「あ……すみません」
ビフテキへの恋慕をなんとか押し込め、作り笑顔を浮かべた大吉だが、最後に出されたのは、これまた憧れのアイスクリームだ。
羊毛色のアイスクリームは、一本脚のガラス鉢に半球状に盛られ、薄切りのバナナと煎餅のように薄く焼いた洋菓子が添えられている。
(僕は食べたことがないが、冷たくて甘くて、とろけるような口当たりだと級友が言っていたぞ。美味しそうだなぁ……)
明治には“あいすくりん”と呼ばれて、目玉が飛び出るほどの高級品であったアイスクリームも、今は庶民の食べ物となりつつある。
函館から鉄路で半日ほどの距離にある札幌には、アイスクリーム工場ができたそうだ。
チョコレート、ストロベリー、レモン味の“三色ブリックアイスクリーム”なるものが発売されたという新聞広告を、大吉はしっかり記憶している。
レストランや喫茶店に入らずとも、家で食べられる時代になったのだ。
けれども貧乏学生の大吉にとっては、まだまだ手の届かない憧れであり、味見さえしたことがない。
添えられているバナナも同じだ。
実家住まいの時に、ふたつ年の離れた弟が風邪をこじらせて肺炎になり、入院したことがあった。
その時に父親の知人がお見舞いにと、高級品である台湾バナナを買ってきてくれたのだが、入院中の弟がひとりで全部食べてしまった。
バナナが食べたい大吉は、自分も肺炎になろうとして、雪道を肌着でうろついた。
その結果、親にこっぴどく叱られた上に鼻水を垂らしただけで終わり、己の健康体を嘆いたのだ。
(お兄ちゃんもどうぞと、そのフォークを僕に向けてくれないかな……)
すると穂積が寄ってきて、小声で注意する。
「お客様の料理を物欲しげに見ないように。よだれも垂らさない」
「あ……すみません」
ビフテキへの恋慕をなんとか押し込め、作り笑顔を浮かべた大吉だが、最後に出されたのは、これまた憧れのアイスクリームだ。
羊毛色のアイスクリームは、一本脚のガラス鉢に半球状に盛られ、薄切りのバナナと煎餅のように薄く焼いた洋菓子が添えられている。
(僕は食べたことがないが、冷たくて甘くて、とろけるような口当たりだと級友が言っていたぞ。美味しそうだなぁ……)
明治には“あいすくりん”と呼ばれて、目玉が飛び出るほどの高級品であったアイスクリームも、今は庶民の食べ物となりつつある。
函館から鉄路で半日ほどの距離にある札幌には、アイスクリーム工場ができたそうだ。
チョコレート、ストロベリー、レモン味の“三色ブリックアイスクリーム”なるものが発売されたという新聞広告を、大吉はしっかり記憶している。
レストランや喫茶店に入らずとも、家で食べられる時代になったのだ。
けれども貧乏学生の大吉にとっては、まだまだ手の届かない憧れであり、味見さえしたことがない。
添えられているバナナも同じだ。
実家住まいの時に、ふたつ年の離れた弟が風邪をこじらせて肺炎になり、入院したことがあった。
その時に父親の知人がお見舞いにと、高級品である台湾バナナを買ってきてくれたのだが、入院中の弟がひとりで全部食べてしまった。
バナナが食べたい大吉は、自分も肺炎になろうとして、雪道を肌着でうろついた。
その結果、親にこっぴどく叱られた上に鼻水を垂らしただけで終わり、己の健康体を嘆いたのだ。