大吉はサッパリとした顔をして、夕日に染まる商店街の通りをひとりで歩いている。
学生服はそのままで、小脇に抱えているのは石鹸と手ぬぐいを入れた小さめの金だらいだ。
坂田屋は午後七時に営業を終え、それから夕飯となる。
じっと部屋で待っていても腹が鳴る音が聞こえるだけであり、混まないうちに銭湯に行ってこようと考え、今はその帰りであった。
大吉は元来、単純で前向きな性格である。
坂田屋の夫婦に新商品の提案を却下された悔しさは、湯を浴びたことで流されて、今は爽快感しかない。
日没まではあと三十分ほどで、後ろに長く伸びる大吉の影も、なにやら嬉しそうである。
(夕飯を終えたら、あの本を読もう。楽しみだな……)
あの本とは、級友の間で回し読みされているハレンチな同人誌で、清が古書店で入手したものだ。
やっと借りる順番が回ってきて、大吉の胸は弾む。
真面目に勉強に励んではいるが、それだけに全力を向けられない年頃である。
大人の世界に憧れる若い好奇心が、ついつい、いかがわしい方へ向かってしまうのも仕方ないことだろう。
大吉が気分良く坂田屋へ向け歩いていたら、六軒隣辺りから急に行き交う人が増え、なぜか皆、慌てている。
大吉が異変を察知したと同時に、前方に灰色の煙が見え、誰かが「家事だ!」と叫ぶ声も聞こえた。
(まさか……)
大吉が危ぶんだのはその通りで、火元は坂田屋のようである。
焦る大吉は人波を掻き分けるように駆け抜け、坂田屋の前に帰り着いた。
店の奥の調理場に橙色の炎が見え、大将と女将がバケツで消火を試みている。
近隣住民たちも「バケツ、ありったけ持ってこい!」と手伝う気でいるようだ。
けれども火の勢いの方が断然強く、店内はたちまち煙が充満し、坂田屋の夫妻がむせ返りながら表に飛び出してきた。
大将が煤けた顔を袖で拭い、近所の男に大声で問う。
学生服はそのままで、小脇に抱えているのは石鹸と手ぬぐいを入れた小さめの金だらいだ。
坂田屋は午後七時に営業を終え、それから夕飯となる。
じっと部屋で待っていても腹が鳴る音が聞こえるだけであり、混まないうちに銭湯に行ってこようと考え、今はその帰りであった。
大吉は元来、単純で前向きな性格である。
坂田屋の夫婦に新商品の提案を却下された悔しさは、湯を浴びたことで流されて、今は爽快感しかない。
日没まではあと三十分ほどで、後ろに長く伸びる大吉の影も、なにやら嬉しそうである。
(夕飯を終えたら、あの本を読もう。楽しみだな……)
あの本とは、級友の間で回し読みされているハレンチな同人誌で、清が古書店で入手したものだ。
やっと借りる順番が回ってきて、大吉の胸は弾む。
真面目に勉強に励んではいるが、それだけに全力を向けられない年頃である。
大人の世界に憧れる若い好奇心が、ついつい、いかがわしい方へ向かってしまうのも仕方ないことだろう。
大吉が気分良く坂田屋へ向け歩いていたら、六軒隣辺りから急に行き交う人が増え、なぜか皆、慌てている。
大吉が異変を察知したと同時に、前方に灰色の煙が見え、誰かが「家事だ!」と叫ぶ声も聞こえた。
(まさか……)
大吉が危ぶんだのはその通りで、火元は坂田屋のようである。
焦る大吉は人波を掻き分けるように駆け抜け、坂田屋の前に帰り着いた。
店の奥の調理場に橙色の炎が見え、大将と女将がバケツで消火を試みている。
近隣住民たちも「バケツ、ありったけ持ってこい!」と手伝う気でいるようだ。
けれども火の勢いの方が断然強く、店内はたちまち煙が充満し、坂田屋の夫妻がむせ返りながら表に飛び出してきた。
大将が煤けた顔を袖で拭い、近所の男に大声で問う。