藍色の着物の上に薄手の羽織を着た松太郎は、煮こごりを口にしつつも、怒りを堪えているような顔付きである。
それを感じ取っている中江夫妻は、チラチラと松太郎の顔色を窺いつつも、なるべく楽しい雰囲気を作ろうと努力して会話を弾ませていた。
大吉は男の子が落としてしまったナイフを新しいものに取り替えながら、中江家の大人達を気の毒に思う。
(子供ら以外には、迷惑な招待だったんじゃないのかな……)
突然の招待を言い出した左門の意図が、まだ掴めない。
不貞があった二十八年前と今とでは、従業員もメニューも、浪漫亭の名と建物以外の全てが変わっているのだから、過去の不祥事は水に流せと言いたいのだろうか。
左門の管理責任が発生しない前経営者時代のこととはいえ、浪漫亭を侮辱されたり毛嫌いされたりすることを許せないのかもしれない。
(左門さんは、自尊心が高そうだからな……)
当たっているかどうかはわからないが、それで納得することにした大吉は、食べ終えた前菜の皿を下げてパンとコンソメスープを出す。
パンはスイートロールと呼ばれるもので、砂糖とバターで甘みとコクを出し、アメリカ式のイースト製法でふんわりと焼いたものである。
黄金色に透き通るコンソメスープに続いては、お待ち兼ねのメイン料理、ビフテキを提供する。
今は完全に緊張が解けている様子の子供らは、ビフテキの登場に歓声を上げ、君枝に何度目かの注意をされる。
それを見ている大吉は、興奮するのも無理はないと感じていた。
ビフテキは、手のひら大もある牛ヒレ肉の厚切りをフライパンとオーブンで焼いたものだ。
それには、玉葱とニンニクを炒め、醤油と数種類の香辛料を加えたソースがかけられている。
肉質は柔らかく、ナイフを入れると桃色の肉汁が溢れ出て、ソースと混ざり合うとキラキラと魅惑的に輝いていた。