中江一家はホールの中央の、テーブルをふたつ繋げた八人掛けの席に案内された。
大吉は自分の持ち場である厨房に戻ったが、忙しそうに働いている森山からぶっきら棒に指示される。
「大吉は穂積の手伝いをしろ」
「厨房は大丈夫なんですか?」
「なに言ってやがる。お前がいなくても回せるに決まってんだろ」
「それは、そうですけど……」
厨房にいるのは四人のコックで、通常営業の仕込みに入っている。
ホール係の従業員より出勤時間が早いのは日常のことだ。
大吉のちんたらした皮剥きの手が、それほど必要とされていないのは重々承知している。
それゆえ傷つくことはないが、もう少し柔らかい言い方をしてくれないかと、大吉は頬を膨らませた。
すると柘植が、トマトを潰しながら慰めてくれる。
「忙しい時間帯は、大吉君がいてくれて助かってますよ。いつもありがとう」
盲目であるのに……いや、だからこそ人の気持ちを敏感に感じ取れるようで、柘植はいつも優しく声をかけてくれる。
その言葉で救われた大吉はホールに戻り、穂積に指示をもらって働きだした。
中江一家に出すメニューはあらかじめ決めてあるそうで、注文を聞く必要はないという。
水を注いだグラスを出した後は、穂積がワゴンにのせて運んできた前菜の配膳を、大吉も手伝った。
西洋野菜の蒸し物とアンコウの煮こごりが美しく盛り付けられた皿に、「お肉じゃないの?」と男児が不満げに尋ねてくる。
母親を挟むように子供達が座り、正一郎と松太郎は並んで向かい側だ。
子供の遠慮のない問いかけに、君枝は焦って注意する。
「これ、失礼なことを言わないの」
「だって僕、お肉を食べに来たんだ」
穂積は品の良い笑みを絶やさない。
「これは前菜です。メインディッシュはビフテキですよ」と答えて、子供らを喜ばせていた。