「わかりました。オーナーには大旦那さんが承知しなかったと伝えます。家族全員でなければ招待できませんので、この話はなかったことにしてください」
すると男児がワッと声を上げて泣きだした。
「レストランに行きたい。大きいお肉が食べたいよー」
女の子は草履を脱ぎ捨て祖父に駆け寄ると、小さな手でポカポカと叩いて抗議する。
「どうして行かないの? 家族全員じゃないと入れてもらえないのに。もうお爺ちゃんなんか大嫌いよ!」
松太郎は、息子夫婦には強く言えても、孫には弱いようである。
難しい顔をして唸っていたが、ついには折れて、「わかった、わしも行こう」と渋々承知してくれた。
大吉の頭には、ニヤリと口の端を上げる左門の顔が浮かぶ。
(もしかして左門さんが招待したかったのは、大旦那さんなのか? こうなることを予想して、子供らまで全員揃って来いという条件をつけたのかもしれないな。けれど、なぜ大旦那さんを……?)
疑問に答えは出せなかった。
君枝の場合とは違い、スエの不貞の事実は変えられないのだから、許して世話をしろとは、まさか言い出さないだろう。
離縁したのも二十八年前と、月日が経ちすぎている。
大吉が考えている間に、一家は大急ぎでできる限りの支度をし、十五分後に馬車に乗る。
そして大吉と共に浪漫亭の玄関扉を開けたのは、ちょうど九時になった時であった。
「中江様、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
招待の話はすでに大吉以外の従業員にも伝えられていたらしく、穂積が丁重に迎え入れる。
黒いベストに蝶ネクタイ姿の見目好い青年に頭を下げられ、それまで騒がしかった子供らも緊張した様子で静かになった。
他のホール係の者の姿はなく、どうやら給仕は穂積ひとりでやるようだ。
(左門さんもいないな。言い出しっぺのくせに、なにをしているのだろう。まさか僕らに任せて、顔も出さないつもりじゃないよな……?)