大吉が玄関の引き戸を三寸ばかり開けて「ごめんください」と呼びかければ、茶の間から応対に出てきた君枝が驚いた顔をする。
「この前のお若いコックさん。今日はどのようなご用事でしょう?」
上り口に膝をついて尋ねる君枝に、大吉は預かってきた招待状を渡した。
「オーナーが中江さんご家族を、浪漫亭に招待したいと言っています。詳しいことは中を読んでください」
“今すぐに家族全員で”とも伝えたら、君枝は「へっ?」と驚きの声を上げた。
急にもほどがあるので、無理はない。
「主人と相談して参ります。少々お待ちください」と君枝は会釈して、小走りに茶の間へ引き返していった。
玄関に並んでいる履物を数えると、家族全員揃っているようで、茶の間からは中江夫妻の声や子供達のはしゃぎ声がする。
子供達は確か、八歳の女児と六歳の男児と言っていた。
「レストランに行けるの? ヤッター!」と喜ぶ声がしたと思ったら、子供らがドタバタと駆けてきて大吉に満面の笑みを向ける。
「すごーい! コックさんのお迎え付きなのね」
「お兄ちゃん、僕ね、おっきなお肉が食べたい。レストランにある?」
「あるよ、ビフテキという料理が。僕は味見さえもしたことないけどね。美味しいんだろうなぁ……」
子供達はすっかりその気になっており、女児は草履、男児は下駄を履いて早くも出かける姿勢である。
そこへ中江夫妻が出てきて、君枝が困り顔で言う。
「あの、招待をお受けしたいのは山々なのですが、子供のよそ行きの着物が……。七五三のものは小さくなってしまいまして」
浪漫亭の客は皆、和装であれ洋装であれ、上等な身なりをしてやって来る。
今、子供らは普段使いの着物姿で、訪問着の用意がすぐにはできないと君枝は話していた。
「それにきっと、騒がしくしてしまうと思うのです」