「隣の部屋の仏壇には、位牌がふたつ。中江さんの祖父母のものだろうと思いました。同居しているのは父親のみで母親はいない。母親の位牌がないということは健在である。ということは離婚したのでしょう。二十数年前に浪漫亭のコックと不貞を働いたことが原因で」
義理の両親が離婚していることを嫁である君枝は当然知っているものと思われるが、原因までは知らなかったようで、涙がピタリと止まるほど驚いた顔をしている。
それと同時に深く納得もしたようだ。
門前で大吉と少し話していただけで、ただならぬ関係にあると疑われたのは、君枝自身ではなく正一郎の側に問題があった。
相手が子供のような容姿の大吉であっても、それを疑問に思えぬほどに怒り狂ってしまったのは、両親の離婚で負った心の古傷が開いてしまったためだろう。
大吉は仏壇まで見ていた左門に感心して、首を何度も縦に振っているが、左門は全ての謎を解くまではと、追及の手を緩めない。
「浪漫亭経営者としては、なぜ渋い顔でライスカレーを食べていたのかも気になるのですよ。それはあなたの口からお聞かせ願いたい」
嫌な思い出がある浪漫亭にわざわざ足を運び、まずそうに食べる。
嫌がらせのつもりかと大吉は考えたが、当事者のコックもいないというのに、三十年近い過去の恨みを今晴らすことに疑問が残る。
左門に問い詰められた上に、「あなた」と妻に催促され、居住まいを正した正一郎は観念したように話しだす。
「母の味を求めていたのです……」
正一郎の両親は二十八年前の、彼が十四歳の時に離婚している。
理由は左門の推理通り、母親の不貞だ。
前オーナー時代の浪漫亭をたまに訪れていた母親は、コックと親密な関係になったらしい。
そのコックに作り方を教わったらしく、母親が家で作るライスカレーは美味しかった。